穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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服従是か否か


 実業家・大橋新太郎、洋行帰りの土産話だ。


 フランスからイタリアへ。──汽車の便にて陸路移動中のこと、たまたま同じコンパートメントに居合わせた壮齢の英国紳士から、


「君は日本人か、日本人なら聞いてもらおう、自分は年来、日本の教育に疑義がある」


 ほとんど難癖にも近い不躾な態度で話しかけられ、大橋は思わず目を剥いた。

 

 

大橋新太郎.JPG
(Wikipediaより、大橋新太郎)

 


 売り言葉に買い言葉、横柄さには喧嘩腰にて応えてやりたい感情を、しかしぐっと我慢して耳を傾けてみたところ。なんとこの人、工業都市シェフィールドにて金物会社を経営している、かなりの名士であるそうな。


 企業規模の大を慕って、日本からも屡々修行目的で人がやって来るのだが、その彼らにこそ難がある。「自分の会社に見習ひに来る日本の大学卒業生は、何れも皆気位が高くて驚く」──オブラートをひきむしって述べるなら、無駄にプライドばかり高くて指示に従おうとせず、叱責しても屁理屈を捏ね言い逃れを図るばかりでちっとも響いた気配なく、事実として無反省。それが彼の目に映る、日本の若人どもなのだ。


「どんな学生生活を経た結果かね。──我が国の大学卒業生とは大違いである」


 と、彼は更に語を継いだ。

 


「我英国では小学校の一年生の時には全く無権利で、上級生に服従して居る。中学一年になると又無権利となる。大学へ入っても一年の時は無権利である。大学卒業後社会へ出た時は又暫くの間無権利にさせられて服従の訓練をするから、社会は秩序も規律も整然として行はれる

 


(なんということだ)


 デモクラシーの最も旺盛なるはずの大英帝国国民が、事もあろうに自己滅却を礼讃し、服従の美徳を熱弁するのだ。


 青天の霹靂、闇から拳固。大橋が再び目を剥いたこと、言うまでもない。

 

 

(『ARMORED CORE VI』より)

 


 筆者わたし自身にも偶にある。


 甚だ意外な人の口から服従の美徳を説き聞かせられ、大層たまげた経験ためしは、だ。


 例を挙げれば、丘浅次郎。


 進化論の何たるかにつき非常に平易な説き方をして、日本人の認識強化に一役買った功労者。当代きっての動物学者は、しかし同時に、ふとした機会を捉えては、

 


人類は権威ある支配者に対して、身命を捧げて服従するやうでなければ、堅固な人世は造られない。さういふ精神が衰退して、個人の自我を主張するやうになりつつあるから、人類の将来は四分五裂である

 


 かくの如き文明批評をしてのける人物でもあったのだ。


 ジャーナリストの渋川玄耳も忘れるべきではないだろう。

 


「軍隊出や師範学校出の者は使ひ好い。服従を気にせず好く職分を守る。議論が少いから事務が挙る。見よ、実業社会に於てすら、軍人精神は渇望されつゝある。規律と服従に欠けた人間は、いづれの社会にも不要である

 


 彼の語る特徴は、シェフィールドの社長サンが求めていた人材に、大体に於いて合致する。


 自己滅却の本場はやはり、軍隊こそであるらしい。

 

 

 


 現代の人は、昔の人と違って、教育の力に依り、理智が発達して居るから、先づ第一に、何故に斯くせざるべからざるか、といふ問題を窮めなければ、首肯しない、落着かぬといふやうな風で、昔の人は忠孝とでも言へば、直ちに服従したものであるが、今日の人はさう簡単に承知しない。


──清浦奎吾

 

 

 

 

 


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