不可知だらけの現世でも、とりわけ謎に富んでいて、外部からの憶測を容易に許してくれぬのは、メガヒットを飛ばした後の作家の苦悩こそだろう。

それはまったく計り知れない。
自分自身の作品に呪縛されるの感さえも、ときに彼らは感じ得る。
江戸時代の文豪も、こいつにだいぶ禍された。明治の女流作家も然り。
すなわち『国姓爺合戦』発表後の近松門左衛門翁と、『たけくらべ』後の樋口一葉女史である。
「『国姓爺合戦』が、あまりに当たり過ぎるほど当ったものだから、さすがの近松もその次は何を書いたものか、思い悩んでゐた。さうしたら座主の竹田近江が作者のお気持ちとしてはさうでもありませうが、大当りの跡は、ただすらりとしただけのものをお書きになればよろしい。『国姓爺』で大分儲けましたから、一二年は不入りでも困りはしません。その間仕来りのものを出してゐる内に、自然とまたよい狂言の種も浮んで来ませう、といったそうである。…(中略)…一葉も『たけくらべ』があまりに好評だったから、内心次の作品の趣好に困ってゐたといふことを、嘗て『文学界』と関係のあった某翁から聴いたことがある」
『進撃の巨人』後の諌山創。
森銑三が『落葉籠』に放り込んだ上の逸話を見ていると、どうも彼らの存在が、念頭に浮かばざるを得ぬ。
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