多くの日本人にとり、「海外」という言葉の持つイメージは「欧米先進諸国」と同義。日本を除いた世界の全てにあらずして、治安、人文、双方共に高水準が保証済み、限局された一地域のみを指している。
国を開いた当初からずっと変わらぬ悪癖だ。
それがゆえ、時代々々でこの点指摘する者も、必ず何処かに見出せる。いわゆる「憂国の志士」の類だ。山下亀三郎なぞも、内の一人に数え入れていいだろう。
大正末年、彼が鳴らした警鐘は、
「多くの日本人は、暇があり、金さへあれば常に欧米々々と言って、欧米漫遊や、視察を企てゝ、インド洋を通って、ヨーロッパに往復するが、彼等のうち殆ど全部がインド、ジャワの如きところは素通りする。
無論、専門の学理を研究したり、その他教育とか、政治とかいふやうな事に就ては、先進国たる欧米でなくてはいけないことがあるといふことは充分に認めるが、唯だ経済上の立場から、漫に欧米々々と、かう云って、此の頃の学生が卒業証書でも
凛然としたなかなか素敵な音色を帯びて、四方に響いたものだった。
「外務省で調べて見ると、昨年中の欧米の視察者が七百六十三人で、インドには十九人しかない。殆んど四十分の一である。斯様な次第であるから、日本人がインドを理解しないと共に、インド人も、更に日本人といふものを理解して居ない。…(中略)…今日いくら欧米に行って見ても、行くべき処も見つからぬだらうと思ふ。又日本人で御し得る土地が果してどこにあるだらうか。この点より考ふれば欧洲視察に行く一年の七百六十三人とインドの十九名とは自分の議論から言へば、反対でなければならない」

日本人の海外発展を図るにあたり、我々はまず
西洋すなわち列強ばかりにいつまでも、脳を占領されっぱなして居てくれるなよ。世界は広い、広いのだ。大和民族の進出すべき領域は、まだまだたっぷり残されている。ただそのことに気付けていない、見えていないのが致命的。
そういうことを言っているのだ、この三大船成金の一角は──。
実際問題、
だがしかし、そうして稀少であればこそ、いざ遭遇した刹那に於ける興奮・昂揚・歓喜というのも

珍しければ珍しいほど欲望が掻き立てられてゆく。所有したいと
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