「七里ヶ浜の砂の数は尽きても、科学の研究の種は尽きる時はあるまい。日常見慣れ聞きなれてゐて、何等の驚異、何等の感興など惹起さぬやうな事柄でも、少し立入って研究すれば、その中には驚くべき事実や、多趣味な現象の潜んでゐることは数限りもないのである」
「方今世界開明の時代と云ふと雖も、天の力は無量にして其秘密に際限あるべからず、後五百年も五千年もいよいよ其力を制して跋扈を防ぎ、其秘密を摘発して之を人事に利用するは、即ち是れ人間の役目なり」
両名共に時代の白眉、際立った知性の持ち主である。
専門分野は違えども、学術の蘊奥を考究してゆくにつれ、彼らが抱いた感慨は大筋に於いて一致する。──自然の中に、無限を
「知」とはすなわち自らの無知を知ることであり、知ることの終わりなきを知ることに相違ないのだと。
そういうことを、これはどうやら述べている。
およそ如何なる道であれ、「斯道の権威」、第一人者と呼ばれる手合いの口吻はふしぎと相似形を成す。「たどり着く場所は同じ」とは、こうした事例の数多から導き出された解だろう。まあ得心のいくことだ。
ところで砂といえばだが、戦前昭和の昔時に於いてサハラ砂漠の砂につき入念な分析を試みた者が既にいる。
東京帝国大学教授、林学博士の三浦伊八郎である。

態々現地に赴いて手ずから採取したらしい土壌サンプルの成分調査を行って、三浦博士は以下の如くに宣った、
「サハラの砂は、海岸の砂のやうに養分に乏しいものではない。鉱物質養分は豊富であるから、水のあるところには、植物がよく繁るのである。オアシスはその例である。ナツメヤシのみならず、穀物も、果樹も、栽培してある」
寺田の言葉をなんとまあ、鮮やかに地でゆくではないか。
固定観念を大きく裏切り、砂漠は存外不毛ではない、どころかサハラの砂こそが南米大陸アマゾンの緑の繁茂を影ながら支えているという説は最近になってよく聞くが、かかる報せが、もしも浄土の三浦の霊の耳に達したのであらば、さもありなんと深く頷くことだろう。

(『Cyberpunk 2077』より)
このところ環境の変化があって心身ともに落ち着きがない、従って満足に読書もできぬ、インプットが捗らぬゆえアウトプットも不良といった遣る瀬ない日々が続いているが、しかしあんまり期間が空くと、記事の作り方そのものを忘れかねない危惧がある。
よって今回、悪あがきをした。内容にひどく纏まりを欠きはするものの、なんとかここまで書き上げた。
すべては調子を戻すため。お目汚しご寛恕願いたい。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓
![]()
