神田で、早稲田で、あるいは各地の古本まつりを訪ね歩いてみたりして。
多年に亙り、古書を掻き蒐める趣味に余念なかりし

これほどまでにびっしりと書き込み済みの逸品はお目にかかったことがない。
東光治著、『生物暦』。
昭和十六年の刊。

どうやらかつての所有者は、この書を正真、暦代わりに用いていたようである。

ご丁寧にも年月日付きで己が周囲の環境の観察記録をつけている。

「職員室」とか「生徒」とか「校庭」とかいうフレーズがチラホラ飛び交ってるあたり、何処ぞの学校教諭だろうか?

「昭和二〇年の十月は梅雨の如く雨つゞく、殊に七、八、九、十月の豪雨により稲大いに流れ、腐り大不作となる。
宇和平野など見るに三分作の如し。(一九四五)
しかるに一九四六は稀なる大豊作宇和平野の如き悪しき田なし。」
宇和平野。
それに先頭掲げた画像に見える「八幡浜」の地名から、場所の見当はおおよそついた。
十中八九、愛媛県の西南部。遠く四国で読まれた本が、どういう因果の廻りから神保町の一隅で千円の値札を貼り付けられていたのやら。毎度々々のことながら、不思議な縁を感じずにはいられない。
やがて、そのうち、本来与えられている余白のみでは飽き足らなくなったのか。

追加の紙片を貼ってまで記録に努めた形跡が。

過密に赴く筆跡は、執念めいた一種異様な雰囲気を徐々に醸し出してくる。

時代背景を考慮に入れれば、それも当然やもしれぬ。
なんといっても一九四六年、七年だ。
戦後処理もまだまだ中途、占領軍の居座って、日本の先行き、まったく定かならざる時代。
どの方角を眺めても不安要素に満たされた、かかる情勢の下にては、勢い常日頃よりも

新聞の切り抜きも幾点か。

これまた糊で接着済みだ。
記事の形に合わせて発生した変色が、なにやら妙に味わい深い。
古本漁りは、やはりまったくいいものだ。
その実感を新たにしつつ、令和七年を見送ろう。
それでは皆様、よいお年を。
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