何のための講和条約だ、馬鹿々々しい。
「戦後」五年目、一九二三年のヨーロッパ。十二月のとある日に、ドイツの有力新聞紙、『ベルリナー・ターゲブラット』から依頼が飛んだ。宛先は、隣国ベルギー、文豪モーリス・メーテルリンク。
もちろん仕事の要請である。
文章を
来たる聖誕祭の日に目を通すに相応しい、格調高い内容を、と──ルール占領、ハイパーインフレ、治安の悪化、生活苦、テロルの不安に脅かされて夜も満足に眠れない、青色吐息にすっかり落ち込みきっているドイツ知識人層に、せめて魂の活力なりとも供給し得る何がしかの明るい記事を、ぜひとも貴殿に願いたいとのことだった。
『青い鳥』の著者として、幸福論の昂進に一役買ったメーテルリンクだ。的を射た人選であったろう。
(Wikipediaより、チルチルとミチル)
が、苦しみの底から齎されたこの要求を、メーテルリンク当人は、もののみごとに一蹴している。
棍棒かざして追っ払ったといっていい。『ベルリナー・ターゲブラット』に向けて、彼が与えた断り文句は、それほどまでに冷厳極まるものだった。
曰く、
「貴紙は私がベルギー人で自分の国籍を忘れ得ない者であるといふことをお認めにならぬらしい。他の色々な罪科と共にドイツの知識階級の掲げたあの憎らしい宣言をどうして私が忘れ得ませう? それにも拘らずいま貴紙が私に彼等を扶けてくれと注文されるのは自体無理といふものでせう。ドイツが其の国の行った悪の一部でも償ふならばお頼みに応じないでもありますまいが、今は断然おことわりします」
(Wikipediaより、ベルリナー・ターゲブラット)
強すぎる祖国愛の裏返しとでも見做してやるべきなのであろうが、それにしたってあまりに執拗、あまりに狭量。メーテルリンクという人は、本質に於いて存外な、激情家だったのではあるまいか。帝制から共和政へと体制が移り変わろうと、彼の脳内世界に於いて未だドイツは悪魔どもの巣窟と定義されていたとしか考えるより他にない、これはそういう文章であり、態度であった。
コレを叩きつけられた『ベルリナー・ターゲブラット』紙、ひいてはドイツ国民の心理を
戦勝諸国の人々の、こういう仕打ちの数々が、やがて本物の復讐の悪魔をドイツに降臨させるのだから、皮肉と言えば、これほど皮肉なこともない。

条約は必ずしも恒久的のものにあらず、条約は歴史の一節に過ぎずして、歴史の結論にあらず。条約を実施するは之を考試するものなり。若し条約中不条理を発見せば、締約国相互の間に於て再び審査を為すべきなり。
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