一九三〇年代末ごろだ。布施勝治は、都合何度目かの洋行をした。
リガで、プラハで、あるいはパリで。めぐる諸都市の劇場で彼を待ち構えていたモノは、封を切られて早々の、『ピョートル一世』のフィルムであった。
(Wikipediaより、ピョートル一世)
アレクセイ・ニコラエヴィチ・トルストイの同名小説を原作とした、ソ連製の映画のことだ。この作品が、布施はよっぽど気に入ったのか、河岸を変えつつ十回以上、繰り返し
そうしてレビュー記事を書く。
発表の伝手には困らない。
大阪毎日新聞系の記者なのだから当然だ。
それも単なるヒラでない。
一九四〇年、すなわち昭和十五年には取締役の座にまで昇る。そういう男だ。比較的、言いたいことを言いたいように発信できる、融通の利く立場であったことだろう。

(『Ghostwire: Tokyo』より)
以下にその、レビューの一部を引いておく。
「画面にあらはれて来るピョートル大帝はさかんに当時の貴族を苛める、数十年もかゝって貯へたぼうぼうたる長髯を自ら鋏をとって老貴族の顔から切り取ってしまふ…何ともの凄いボリシェヴィックではないか。宗教を圧迫し、寺院の鐘楼から鐘を引きおろして、それで大砲を鋳造する…ボリシェヴィキも
とどのつまりは共産主義的正当性のたっぷり詰まった作品だったようである。
そうでなければあの時代のあの国で、上映はおろか撮影自体、罷り通るはずもなし。社会生活のあらゆる面で政治事情が優先される、アカい国家の

映画とプロパガンダとは切っても切り離せっこない、蜜月の仲にずっとある。
これまたあまりに当然すぎる、言わずもがななことだった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓
![]()
