穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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謳う丘


 三井王国の柱石が一、小野友次郎という人は、老境に入るに伴って新たな趣味を追加した。


 長唄を習いだしたのだ。


 もともと芸達者な人であったが、還暦間際に臨んでも新規開拓に余念がない点、また相当に気も若い。

 

 

(『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より)

 


 それで稽古に励みはじめて暫くのこと、ちょっとした異変が彼の身に。──演奏に使う部分とは何の関係もなさそうな頭部あたまの皮膚にふしぎにも、その効果は現出あらわれた。年季の入った不毛地帯に、何故か再び薄毛が生えて、嘗ての日々の豊穣を微かに予感させたのだ。


 端的に言えば、禿頭はげあたまに回復の兆候きざしが仄見えた。

 

 評判に繋がるまいことか。


 そもそもからして日本人というものは、歌に奇怪な幻想を託しがちな民族である。

 

 

 


 英雄の詠んだ三十一文字みそひともじで急に嵐が止んだとか、逆巻く波濤が鎮まっただとか、その種の逸話は枚挙に暇がないレベル。従って、小野友次郎の幇間どもが彼に対する世辞中に、積極的にこのネタを活用していったのも、違和感のない流れであった。

 


「奇妙々々、旦那の長唄と来たら自然天稟、お声も節回しも家元跣足はだし、それで未来があると云ふんだから剛気に有り難い。近頃御容子の若返ったのも大いに謂れありでげす」

 


 ざっとこのようなべんちゃら・・・・・が、飛び交いまくっていたそうな。


(何をこの、見え透いたことを言いやがる)


 小野友次郎も、そこは海千山千である。


 奮闘・勤倹・努力によって生まれの貧窮を覆し、成り上がりの山路を営々登り詰めてきた、立志伝中の人物だ。


 酸いも甘いも噛み分けている。この程度の連中が腹の底で何を考えているのか程度、手に取るように理解わかってる。

 

 

(viprpg『やみっちクエスト』より)

 


 だがしかし、そこは人情の悲しさか。阿諛迎合と知りつつも、こうまでべた褒めに褒め上げられると心の底がむず痒く、段々浮き浮きしてくる気分をどうにも自制しかねたことも、否定しきれぬ事実であった。


 あるいはそれとて、彼の心の若さの一つの証明か。


 イヤホン越しに「EXEC_RIG=VEDA/.」を聴きながら──アルトネリコの楽曲ヒュムノスコンサートは、筆者が平常、普段から、こよなく好んで流すところの作業用BGMである──そんなことを考えた。

 

 

 


 勢の利に就くは動物の天性、強者に阿るは匹夫の常情。逆境に在る者の冷遇せらるゝは怪むに足らず。


──陸羯南

 

 

 

 

 


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