三井王国の柱石が一、小野友次郎という人は、老境に入るに伴って新たな趣味を追加した。
長唄を習いだしたのだ。
もともと芸達者な人であったが、還暦間際に臨んでも新規開拓に余念がない点、また相当に気も若い。

(『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より)
それで稽古に励みはじめて暫くのこと、ちょっとした異変が彼の身に。──演奏に使う部分とは何の関係もなさそうな
端的に言えば、
評判に繋がるまいことか。
そもそもからして日本人というものは、歌に奇怪な幻想を託しがちな民族である。

英雄の詠んだ
「奇妙々々、旦那の長唄と来たら自然天稟、お声も節回しも家元
ざっとこのような
(何をこの、見え透いたことを言いやがる)
小野友次郎も、そこは海千山千である。
奮闘・勤倹・努力によって生まれの貧窮を覆し、成り上がりの山路を営々登り詰めてきた、立志伝中の人物だ。
酸いも甘いも噛み分けている。この程度の連中が腹の底で何を考えているのか程度、手に取るように

(viprpg『やみっちクエスト』より)
だがしかし、そこは人情の悲しさか。阿諛迎合と知りつつも、こうまでべた褒めに褒め上げられると心の底がむず痒く、段々浮き浮きしてくる気分をどうにも自制しかねたことも、否定しきれぬ事実であった。
あるいはそれとて、彼の心の若さの一つの証明か。
イヤホン越しに「EXEC_RIG=VEDA/.」を聴きながら──

勢の利に就くは動物の天性、強者に阿るは匹夫の常情。逆境に在る者の冷遇せらるゝは怪むに足らず。
──陸羯南
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