穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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あられ酒奇話


 奈良に酒造家あり。


 讃岐屋と号す。


 蒼古たる中院町の一隅にて暖簾を掲ぐ。


 当主は代々、「兵助」を名乗るシキタリである。


 あられ酒の発明は、この讃岐屋の五世兵助によると云う。

 

 

Ryuousanjo06

Wikipediaより、奈良盆地

 


 春日大社へ信心厚い兵助は、ある日、参拝を終えた帰路、急なあられに遭ったとか。


 足止めを喰った彼の眼前、氷の小粒が次々と猿沢池に落下する。水面を割って波紋を拡げ、飛沫と共に沈みゆく。微細な白い塊を漠然と眺めているうちに、何か、ほとんど電撃的な、天啓としか呼びようのない発想が、兵助の脳内に生じたらしい。


 ──ああ、これだ。


 と、頓悟するところがあったのだ。


 爾来、研究に研究を重ね、百方工夫した挙句、寛永三年十月ついに、今日まで伝わる奈良の名産、みりん酒の一種たる「あられ酒」を生み出した。

 

 

(『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より)

 


 発売当初は「あられ」に当てるに「霙」の一字を以ってしていたそうである。


 あられは本来、「霰」と書くのが一般的であるのだが、神域にて着想を得ためでたかるべきこの酒に、「散」などという不吉な気配をまとった文字を挿入するのはどうもなにやら面白くない、憚られるということで、五世兵助むりやりに、「霙」を以って「あられ」と読ませる強引を発揮しただとか。


 言霊の国の住民として、典型的な仕草であろう。


 これだけでも兵助が、あられ酒の出来栄えに如何に強烈な自負心を抱いていたかが窺える。


 実際問題、デビューからほんの二年後の寛永五年十一月には早や既に、朝廷及び幕府に対しこの酒を献上できる名誉にあずかっている以上、夜郎自大とは決して言い得なかったろう。

 

 

(同上)

 


 将軍、禁裏、──「畏きあたり」の口にも適ったか、あられ酒の献上は、以降慣習ならいとなってゆく。


 様式も、段々整えられた。


「されば献上の霙酒醸造中は、町奉行より役人三人を出張せしめて御覧せしめらるゝことゝなれり。尋て幕府より道中百二十余里を、二十四時が間に、駅々刻付を以て江戸御本丸御台所へ参着せしむべき由の墨付を拝受せり。而して、この霙酒幕府に到着する間は、奈良奉行の請により、春日神社に於て道中安全の祈祷をなしたり云々という丁重極まる対応が、古い書物に載っている。


 書物の題は『大和人物志』


 明治四十二年度に出版された本だった。

 

 

 


 専門家は何といふか知らぬが、昔から酒は百薬の長といふ。勇士の出陣にも酒でなくてはいかぬ。敵陣に乗込むにも酒があれば勇気を加へる。マサカ凱旋祝ひに阿片では仕方があるまい。軍国には酒に限る。


──大隈重信

 

 

 

 

 


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