昭和五年のことである。
電送写真実用化のいとめざましき進捗ぶりを前にして、
「今にラジオは声だけでなく、動画も一緒に送れるようになるだろう」
熱っぽい口調で、興奮もあらわに。──大胆な予測を、下村海南は口にした。
「電送写真の実用化されんとする世の中になっては、近くラジオを聞くものは声を耳にすると同時に、その発声する人の活動写真をラヂオ・セットの前のスクリーンに見る事ができるだらう。同時に放送する者も特別の設備をした場所に於て聴いてくれる人々の光景を、マイクロフォンの前のスクリーンに見る事ができるだらう。まあさうなればラヂオで見かつ聞くのだから興味も一段と深くなる。発声する方でもいさゝかしゃべるに張り合がある」
急ピッチで発達する技術の中に、未来の姿を垣間見たのだ。

(テレビジョンの実験装置)
実際問題、彼の予測が正鵠を射ていたということは、二十一世紀現在の我らの暮らしを一瞥すればたちどころに瞭然たろう。百年前の夢物語はすっかり今日の当然へと化し去った。当の海南自身といえど、これほどの速度、物凄いばかりの浸透性を、果たして予期し得たろうか。
海南が心の底から喜悦しそうな発明品がもう一つ。
ワープロである。
ひいてはそれを呑み込んだ、PCのソフト類である。
新聞社に長いこと奉職していた海南は、「文選」すなわち組版のための活字拾いが如何に手間暇かかる作業か、骨の髄まで知り抜いていた。
「現在大阪朝日では常用の活字は 二千四百九十字
予備の活字が 四千字
そこには 六万二千個
の各方面各種の活字の母型があり、
毎日の活字の鋳造高は 四十万個
に上り、常備の活字総数は実に驚くなかれ 約二千万個
と註せられてゐる」
「国字改良」の大旆掲げて、この「欧米のそれに比して頭から問題にならぬ広々とした数多い人で場所を占めてる文字場」の縮小法にあれこれ悩んでいたことは、当然すぎるほど当然の仕儀といっていい。
そんな下村海南である。印刷のデジタル化と、それに伴う活版印刷絶滅の報を、彼がもし、知り及ぶことができたなら──。

(『Ghostwire: Tokyo』より)
これぞ天来の福音なりと欣喜雀躍したとみて、まず間違いはないだろう。戦前の言論界中で、この人物の特色は全く以って鮮やかだ。
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