穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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水に流してさようなら


 生産過剰になってしまったキャベツをトラクターで引き潰すのと、原理はおそらく一般だろう。


 昭和六年、豚の価格が暴落した際、群馬のとある農家では、小豚を生きた状態のまま利根川まで曳いてゆき、淵をめがけてぶち込んで、あとは知らぬ存ぜぬと、始末をつけたそうである。


 つまりは溺死させたのだ。

 

 

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Wikipediaより、利根川源流)

 


 当事者の立場からすれば、不良債権の手軽な処理を図ったまでと、それなりに理のある行為だろうが。


 しかし、さりとて、こんな景色を見せつけられると、水質汚染だぞ阿呆めが、せっかくの清らかなる流れ、もっと大事に扱えや──と抗議したくもなってくる。


 いったい川を処刑装置に擬するのは、ひとり上州のみならず、日本各地で古来よりまま・・見受けられる傾向である。

 


「鍛冶の弟が天保七年の大凶作の時食ふにつきて、他の家の飯鍋を盗んで歩いた。ところでこれを処分しようと手足を結はへて馬淵川にうち込んだ。これが水泳ぎが達者で、米澤の米澤渡の瀬になってゐる所まで立ち泳をして行った。それで、左右から石を投げて殺したと言ふ」

 


 上記は昭和十八年度、六人社より発行の『二戸聞書』からの抜粋である。


 早い話が東北地方の伝承だ。


 なかなかな陰惨ぶりだった。


 もっとも大革命の際、一気に数十、数百人をこの遣り口で葬りまくったフランス人に比較くらべれば、到底及びもつくまいが──。

 

 

 

長谷川哲也『ナポレオン ~覇道進撃~』より)

 


 まあ、それはいい。


 群馬県へと、話を戻す。


「勿体ない──小豚の皮は相当高値で売れるのに」


 彼の地の農家の「短慮」について、主に経済的見地から歎いたのは賀川豊彦


 左様、賀川。


 かつて近松秋江をして、「センチメンタルの大専売業者」、「用のない処にまで農民を煽動し、村民古来の良風美俗を撹乱する」傍迷惑な輩だとまで毒づかしめた、あの彼だ。

 


「小豚の皮は非常に調法なもので、鞣めし皮にする方法を知って居れば、一枚数円に売ることが出来る。それで作った手袋は一組十四五円に売れる。無智な農民は、道と方法を知らないために、見す見す数十円の金を川の中に投込んで平気でゐるのである。これは一軒の家であるが之を数百軒数千軒で見積れば、皮鞣めしを知らないために、群馬県の農民の受けた損害は、数万円に及んだと考へてよい

 


 相も変わらず農民のため、余計な世話を焼きまくっていたらしい。

 

 

 


 遠き慮りなき者は必ず近き憂いあり。


 我らの視力を強めてくれる、ずっと遠くまで見通せるよう鍛え上げてくれるのは、結局のところ知識であろう。


 月並みだが、教育は大事ということだ。

 

 

 

 

 


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