穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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War Dogs


植民地の搾取と並んで、戦時軍隊への商品供給といふことが既に古くから資本主義の栄養根の一つとなってゐた。これと同時に戦争への資本供給を土台にして大金融業が発生し、生長し、このものが『戦争か平和か』といふ決定に対して支配的な影響力を獲得するに至ったのである」

 

 

 


 武器死の商人を題材とした映画なら、およそ二本ばかり観た。


『ウォー・ドッグス』ロード・オブ・ウォー。どちらも抜群に面白かった。鑑賞中はまったく時間を忘れ去り、ほとんどモニタに齧りつかんばかりの態で、一心不乱に見入りっぱなしになったもの。「名作」と評価を下すのに、寸毫の迷いも要さない。


 TSUTAYAに未だ活気があった、繁盛していたあの時代。DVDのレンタルが自宅に於ける映画鑑賞の主流であった、サブスク以前の思い出である。


 その『ウォー・ドッグス』の主人公が滔々と述べていたものだ。曰く、


「戦争は経済なんだ」


 と。


「ヘルメット、防火グローブ、防弾チョッキにM16、〆て17500ドルってとこだ。
 アメリカ兵の一人分の装備にそれだけかかる。
 イラクアフガニスタンでは200万人以上が戦った。
 これらの戦争を続けるため、アメリカの納税者は兵士たちのエアコン代だけで毎年45億ドルを負担した。
 それが戦争の実態ってヤツ」


 と、開幕早々、素ん晴らしい演説を一席ぶってくれていた。

 

 

(フランス、シュナイダー砲身工場)

 


 さて、それで。


 本稿冒頭に掲げ置いた一文は、一九四〇年ごろ、ドイツの経済学者であったゴットル・オットリリエンフェルトの筆により記されたるモノである。


 ちょっと陰謀論めいていて鵜呑みにしかねるきらいはあるが──「軍産複合体による戦争経済の構築及び維持」的な──、しかし、さりとて、全部が全部、誇大妄想狂の譫言というワケでもまたないだろう。


 百三十字にも満たないこの一文が、筆者わたしの脳の何処かから『ウォー・ドッグス』の思い出をネオジム磁石みたいな強さで引き出した。


 この感覚は悪くない、むしろ強い快味を伴う現象である。


 乱読はしてみるもの、情報は流し込めるだけ流し込んでみるものだ。さすればやがて意想外の連鎖を起こし、恍惚境へ連れて行ってくれるから──。

 

 

(棉火薬の製造過程)

 


 ワーテルロー戦争で大儲けをしたロスチャイルドは、何時も人が己れに危害を加へはせぬかと恐れて居った。或る日客が来て、忙がしさうにポケットに手を入れたのを見、これ確かにピストルを取り出さうとするのであると思ひ、前にある台帳を投げつけ、人殺しと叫んだ。人が大勢駆け付けて其の客を取り押さへて見れば、大陸から用談で渡り来った紳士であると知れた、この類の事は、余り珍しくない。


──三宅雪嶺

 

 

 

 

 


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