穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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せめて美しく


 肺を病みての死は辛い。


 もとより死への道程は凄惨な苦痛を伴いがちな、──ある日ぽっくり、眠ったままで穏やかに死ねる例こそむしろ少数派だろうが。それにしたって肺病は、とりわけ苛酷な責めである。


 文豪・武者小路実篤の父、武者小路実世もやはり、肺結核で死亡した。


 三十七歳の若さであった。


 その折、息子実篤は、ものの三つの幼児に過ぎない。

 

 

Saneyo Mushanokoji (1879)

Wikipediaより、武者小路実世)

 


 いとけない身をひっさげて、確かに屡々、枕頭に侍りはしたのだが。──しかし生憎、子供の脳みそ、柔い神経回路には、せっかくのそれら体験もうまく記憶化されなんだ。


 だから以下のことどもは、後日母を筆頭に、家人・親族・知己等々から聞かされた「思い出話」を基礎とする。


 ──御多分に漏れず武者小路実世もやはり呼吸不全の拷問に、随分いたぶられたらしい。


 夜ごと畳を這い寄り迫る死の実感に恐怖して、精神の均衡を崩したことも一再ではなかったようだ。


 しかしそれでもいよいよ駄目そうだとなると、ふしぎと態度を穏やかにした。実世にとって動転は死ぬか生きるか五分五分な、希望絶望綯い交ぜの不安定な見通しの状況下に於いてこそ最も烈しいものがあり、天秤が完全に落ち切れば、むしろ奇妙な凪が来た。


 最期、臨終の瞬間は、微笑と共にあったとまで語られる。「死の悲しみを母に与へたがらなかったのだ」と、父の心理を、息子は左様に読み解いた。

 

 

Saneatsu Mushanokōji

Wikipediaより、武者小路実篤

 


 そこを起点に、更に論理を発展させて、

 


死ぬ時も、生きてゐる人間、これから生れる人間に愛を抱いて死ねれば、その人の死は美しい。神に祝された死だ

 


 こんな知見を弾き出してものけている。

 


「人間を愛さない、呪ひばかりの死は、同情は出来ても、何となく浅ましい。それは人間らしさがなく、あまりに自己本位なので、話を聞いた人が自分の心を拒絶されたことを感じるからである。
 それに反し、苦しみに耐へて人々の神経を尊重し、殊にあとのことを心配して死んでいった人の話は涙ぐませ、ありがたい気がする。我等と心の奥でつながりがあり、心の奥をゆすぶられるからである

 


 云々と。


 まず、卓見といっていい。

 

 

(『Ghostwire: Tokyo』より)

 


 確か福本伸行も、その代表作賭博黙示録カイジにて似たようなことを描いていた。地上74m、狂気の鉄骨渡りの最中、無能だが善良な男が散るに際してだ。


 武者小路実世の末期と石田光司の散りざまが、筆者わたしの眼にはどうにも被って仕方ない。


 前者は現実リアル、後者は創作フィクション、およそ同列に語るなど、まともでないと自覚してはいるのだが。

 

 

 


 今二十万人の小学校教員がある。この中で結核患者は少く見て五千人居る。そして毎年五百人づつ死んで居る。休職になった先生たちは大概死ぬ。死ぬ程重くなるまで病を押して登校してる。…(中略)…無理して登校してる間に可憐な、うつり易い児童に病が菌を植ゑつけて居る。おやぢ達は自分の子供を、健康になるやうに、達者になるやうに、勉強するやうに、学問が出来るやうにと学校へ通はせて居る。結核菌貰ひたさに学校へ通学さしては居らぬが、結果はさういふ事になって居る。


──昭和十二年、下村海南

 

 

 

 

 


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