穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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妙なる調べが世に満ちる


 ちょうどナチスが台頭しだした頃だろう。


 その当時、ドイツ医学界にては、手術オペの最中に音楽を演奏する試みが積極的に執り行われていたらしい。


 執刀医のパフォーマンス向上を主眼に据えての措置である。

 

 

(viprpg『ライチがピアノ弾くだけ』より)

 


 音楽は魂の活力のもと疲労を癒やし、軽減し、集中力を倍加して、能率を高い水準に安定して留めてくれる。そんな発想が背後にあった。


 とどのつまりは作業用BGMというワケだ。


 ゲルマン民族の先進性には、驚嘆せずにはいられない。


 この光景を前にして、

 


 ──今に食堂へ入るとメニュウと一緒に、レコードのカタログを持って来たり、入院すると「好きな音楽は?」ときかれる時代が来るかも知れない。

 


 と、気の利いた予測をやったのは、ご存じ例の式場隆三郎医師だ。


 ソヴィエト謹製「催眠映画」のニュースにめざとく反応してみせたりと、この人のアンテナもなかなか広い。

 

 

 


 催眠といえば、明治三十七年の『東京朝日新聞にちょっと愉快な記事がある。詳しい日付は、八月三十一日だ。「催眠術取締」なる見出しの下に、

 


 ──国家医学界の建議に基き、規則を整定し、不日発布する由。

 


 なんて味も素っ気もない文がくっつけられていたものだ。


 R18展開の安易な導入剤として価値が大きく見出され、催眠おじさんなどというわけのわからぬ単語さえ蔓延りつつある昨今の世相。斯くの如き取り組みは、却って我らの網膜に新奇な色彩いろを以ってして映し出されることだろう。

 

 

 

 

 星霜移り人の世はあらたまる。


 手術室にBGMを伴わしめる試みは今日ではすっかりポピュラーと化し、この日本でもごく当たり前に行われていることである。


 局所麻酔の場合なぞ、患者のリクエストに応え、指定の曲を流してくれる病院までもがあるそうな。


 式場隆三郎の予測は、的中したといっていい。


 草葉の陰で本人も、さぞ驚いているだろう。文章の雰囲気からいって、あからさまに冗談まじりで描かれた想像図であったから──。

 

 

 

 

 


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