トラクターを先鋒に農村にまで機械力が浸透すれば、割を食うのは動物力だ。
何百年、否、ことによると千年以上の昔から「生きた耕耘機」として田に畑に労働した馬たちは、もはや「用済み」の烙印を押され、食肉用に文字通り解体される憂き目に遭った。

(『プレイグ テイル -イノセンス-』より)
その結果として馬肉使用のソーセージだのハムだのが盛んに製造されはじめ、どっと市場に流れ込み、日本庶民の食卓に一色彩を添えもした、と。毎日新聞編集の『日本の鉄道』を読みとくと、そんな景色が眼前に髣髴としてもくるわけだ。
北海道の大楽毛に至っては、一歳未満の仔馬までもがソーセージの原料用に取り引きされていただとか。
容赦のないことである。
「馬に乗れねば選挙に勝てぬ」と謳われまでした彼の土地が、なんたる変化の激しさだ。これも高度経済成長が齎した社会改造の一環か。
(Wikipediaより、大楽毛駅)
かつて宇垣一成は、馬への熱烈な愛を述べるに、
「僕は馬が好きだ、一日でも鞍に跨らぬと気が晴々しない。馬の方でも僕を待ってゐるだらうと思ふと、可愛いものだ。軍人だから馬に乗ったとて何も不思議はないが、馬にしても一汗かゝぬと気持が悪いだらうから、乗ったが最後、人も馬も汗みどろになる。…(中略)…馬は愛する主人を乗せ、最も得意に気取って歩く。一種の優越権を持ってゐるやうな得意さだ。又人間の秘密の威力を尊敬し、人間の同胞たらんことを求めてゐる。群集となっては支配者征服者のやうな誇らしげな気持が見える。
だから、馬隊群が広原を疾駆する時、馬それ自身が既に征服者のやうな態度で大地を脚下に蹴飛ばして行く」
斯くの如き口吻を以ってしていたものであったが、まさか戦後二十年を経ぬうちにこんな日がやって来ようとは、夢想だにせなんだことだろう。
一切は無常としかいいようがない。

「馬は死ぬまで働く。馬がものを食はなくなったら、それが最後といってもいゝくらゐだ。弾に打たれ、腸を露出しながら砲車を牽いた馬もあった。ものいはぬ戦友の功績を忘れてはならぬと思ふ」
再び宇垣の言葉から。
健気な戦友に対しても、利用価値が無くなれば人は途端に薄情になる。
「“ニセ牛缶事件”が騒がれたころ、大子町では、
『んなら馬ッ子でつくったハムやソーセージは、どうだべな』
と、心配顔でささやく声が聞かれた。水戸藩時代から、コンニャクと馬の産地として栄え、戦時中は『お国のために』とたくさんの馬が“愛馬行進曲”で送られていったほどの町だ。
ところが、戦後は農村の機械化が進み、馬は食肉用のブタ、牛なみの扱いを受け“馬権”を失格してしまった」
こちらは『日本の鉄道』の、水郡線に関する記述。
かくて日本の田舎から、馬蹄の響きは遠ざかっていったのだろう。
きっともはや、もう二度と、帰り来ることはない。
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