宇垣一成の好きなもの。
乗馬に読書、そして風呂。
特に三つ目、風呂に対する耽溺ぶりは、源さん家の静香ちゃんも顔負けである。なんといってもこの男、一日四度の入浴を習慣化してのけている。
長岡温泉の別荘に静養中の
しかもこれをやったとき、宇垣は既に七十一の老体だ。もはや緩慢な自殺かと邪推されてもやむを得ない仕儀だろう。
実際問題、そういうことをやらかしかねないタイミングでもあったのだ。
そも、遡って論ずれば、宇垣が「伊豆の玄関口」たるこの土地に別荘を構えた
陸軍次官の激務によって神経痛を患って、腰を折り折り這うようにして登庁してくる宇垣に対し、木堂先生、からかうように目を細め、
「神経痛には伊豆の長岡温泉が
このような忠言を与えたそうな。
なるほど脚を運んでみると、霊峰富士と箱根連峰が天をふちどり眺めはすこぶるよろしいし、狩野川からあがる鮎の美味はどうだろう。

(伊豆長岡温泉)
──まこと、保養には絶好の場所。
いい場所を紹介してもらったと、宇垣は大いに喜悦した。
それからざっと十五年。内閣流産の悲愴に遭った際に於いても、傷心のどん底から立ち直るべく、やはり宇垣はこの長岡を利用している。
本人の表現を借りるなら、「満身創痍の姿で、都落ち」した格好である。誇大広告ではないだろう。大命を拝しておきながら、組閣の任を全うできず、天下に無様を晒した恥は、衝動的に腹を切っても不思議ではない深刻性だ。尾羽打ち枯らした、みすぼらしい姿の彼を、しかし「この土地の人々は、腹の底から温かい心で抱き寄せるやうに迎へてくれた」らしかった。
で、再起に向けて心身を練り直している情景に、問題の一コマが挟まっているワケである。曰く、
「長岡にきてからも、いそがしいことがあった。それは、全国から頂戴する激励と同情の手紙の整理である。
一日に三十通から四十通もこの別荘へ来た。それに対して、一つ一つ返書を認めたのであるから、ありがたいやら忙しいやらであった。おかげで、一日に四回風呂に入るところを三回にしなければならない有様であった」
実にさらりと、凄いことを書いている。
そんなに風呂に入っていたら普通に日常生活を営むぶんの活力も湯に溶け流れてクッタクタのグロッキーになりそうだと思うのは、単に
それともあるいは後世に名前を残す大政治家に特有の、名状しがたいあの精気、滾る火口を思わせる、異様なまでの生命力のあらわれと見て可であるか?
この点、ちょっと即断しかねることである。
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