穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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益軒流読書術


 どうも貝原益軒は、書見に臨む態度に於いて筆者わたしと同種、僭越ながら仲間意識を持っていい、「先達者」であるらしい。


 彼もまた、実に多くを抜き書いた。

 

 読書中、視線を紙上にさまよわせるうち、特に秀逸なアイディアや、論旨の要点、あるいはいっそ極めて啓蒙的である知識の発露に出くわすと、すかさず筆を取り上げて、別紙に己の文字として写す作業をやったのだ。

 

 

Kaibara Ekiken monument

Wikipediaより、貝原益軒像)

 


 その夥しい努力の跡を「抄録集」と呼んだのは、大衆作家の生方敏郎かりにも本を無駄に読まぬといふ点で、古今に有名なのは貝原益軒である、現在博多に住む遺族の所蔵する益軒遺集の中に益軒が読んだ本の抄録集二部数十冊の写本がある。それらは益軒夫婦の合作で、博学な益軒の読書勉強ぶりをしのぶに十分のものがある。『この所養生訓に引く』なぞと卜書され、有名な益軒十訓その他の名著にいかに役立てられたかゞハッキリわかる」云々と、嘆賞まじえて述べている。


 付箋を貼っておくもよし、蛍光ペンや色エンピツでラインを引いておくのも可。性癖同様、読書のクセは人それぞれで結構だ。


 だがしかし、深く記憶にとどめたいなら、テンポの悪化を覚悟してでも自分の手指を動かすが、やはり一番に思われる。

 

 

(土佐の製紙風景)

 


 古人は書を読まんとして購ふべき金がない時には人より借り来って行燈の下に之を手写した。立身出世に必要なる書物すら斯くの如くであった。況や小説の如き遊戯の閑文字をや。
 太田南畝は其年七十を越へても猶人より書を借り来って之を手写してゐた。一人南畝のみならず苟も書を好むものは皆抄書を娯しみとなした。

 

──永井荷風

 

 

 

 

 


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