どれだけ豊富かというと、そのあたりの適当な蛇口のどれを捻っても、ミネラルウォーターが出てくると評判される程度には──。

耳を疑う話だが、まんざら訛伝とも呼べぬ。
「水道水源を百パーセント、深層地下水のみに俟つ、東京都で唯一の街」を換言すれば、確かに


コレはもう、興味を持たずにいられまい。

南口から転げ出て、目指すはおよそ2㎞先、曹洞宗の
そこに湧いているという清水を見たい一心である。
えっちらおっちら歩いていると、

年季の入ったる「町の本屋さん」の姿が、やにわに視界に飛び込んでくる。
このたたずまい、この空間だけ時の経過から切り離されて、「昭和」がそのまま据え置かれている錯覚に知らず陥りそうになる、非常に、非常に素晴らしい。
清々しい気分のままに、

龍津寺の惣門を見上げるところまでいった。

参道を通り、

境内へ。
なんということだ。
いったいどこまで喜ばせてくれるのか。
水場を覗けば古式ゆかしき手押しポンプが、ぶっきらぼうな顔つきで座り込んでいるではないか。

いよいよ昭和の残り香が濃密さを増すようだ。
賽銭投じて、御本尊への挨拶もした。
そろそろ本命とシャレ込もう。

山門を出て、

墓地の外廓を回り込むようにやや歩く。

寺の南の石垣下を洗い流れるこの水路こそ、本日の目当てそのものだ。
幸い時間は

ほんの一瞥しただけではっきりそれとわかるほど、水は冷たく澄んでいる。

底の砂粒ひとつひとつに至るまで、透けて見えるようだった。

悠々と泳ぐ鯉の群れ。

手すりより、ちょっと身を乗り出したなら、連中たちまち蝟集して、「我先に」の慌ただしさで口を水面に突き出した。
餌をねだっているのだろうか。もらい慣れているのだろうか。

いい暮らしをしているようで何よりだ。

ところどころで湧水が巨岩を黒く濡らしつつ淵にしたたり落ちている。

幽けき音色が心地よい。

底が深みを増すにつれ、水は青みを帯びてくる。
その色彩の妙たるや──。
しばし呆然と見入ってしまった。

終端に石碑。
どうやら昔、この水路には3メートル超の大型水車が据えられて、撚糸工場の動力や精米製粉等々に利用されていたようだ。
過ぎ去りし世の情趣へと、つくづく以って頻繁に浸らせてくれる街である。

やはり流れる水は好い。沿って歩けば自然じねんと清新の気が五体に通う。洙魂の妙味をたっぷりと堪能させていただいた。

旅心は、人間のもつ本能的の心の一つともいへやう。未知の世界へのあこがれ、沈滞を廃して新鮮を好む心、静的生活から動的生活への願ひ、束縛を離れて自由を求むる心をも、それは見られる。幼年時代から老年時代にかけて、旅にもつ魅力の対象も、またその方法も、年々共に変化するのは当然であるけれど、生れて間もない赤子のもつ戸外への恋心も、成年後の理性的な旅心も、その底に流れる心は一つのものでありませう。
──岸田日出刀
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