穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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変態建築リスペクト


「文明レベルを測る指標は、機械化の進捗なんかじゃあなく、自然に対する崇敬心の多寡ですよ──」


 熱っぽく語る異邦人。


 遠くアメリカ、シカゴから、遥々日本の山峡やまあいの田舎町まで行脚してくるだけあって、酔狂というか、物好きというか、一風変わった哲学を備えているようだった。

 

 

(viprpg『桜の根本に埋まるわてり』より。「大地」を敬え)

 


 聞き手は野口米次郎


 場所は下野しもつけ日光である。


 日本史上もっとも偉大な英雄の御霊が眠る、あの土地だ。


 野口も、この米人も。──御多分に漏れず、東照宮がお目当ての観光客の身であった。

 

 

 


 両者の間に面識はない。


 ただ、同じホテルに投宿していた。


 そこのロビーでたまたま視線を絡ませて、挨拶がてら二、三会話を交わすうち、妙に呼吸の合うのを覚え、ふと気が付けば、かなり突っ込んだ部分まで議論を発展させていた。


 英国に代わり「文明」のトップランナーたるの地位、「先進国」の首座を占めつつある国からの客は云う、


 ──今日の日本はいざ知らず、三百年前の日本は文明国であった。


 厚い唇をひるがえし、謎かけのような沙汰事を。

 


「その証拠はこの日光にある。だれでも東照宮御廟の内外に注意の眼を放つと御造営前には如何に沢山の老杉が茂って居たかは想像するに難くない。それ等の木を一本々々、間違った芸術的行為を為さぬやうに殆ど恐怖に近い細心な研究を払って取り外し、此処に殿堂を建て、其処に参道を通じたのである。参道が鈍角に折れたりして却て神韻幽情を誘致するの感あるを喜ぶと同時に、私は此曲った参道は設計者が如何に多くの尊敬を其処に存在せる樹木の位置に払ったかの証拠を見ることが出来ると思ふ

 


 この異人、本業は建築技師であるそうな。


 なるほどらしい・・・着眼点に違いない。研ぎ澄まされた感性の導くそのままに、時空を超えて江戸・寛永の大工どもの魂と共鳴し合っていたようだ。

 

 

Suginamiki2

Wikipediaより、日光杉並木)

 


「又境内の均整を破ってまでも、高く大きく生長せる樹木を重要視した事情を見ると、私はいつも其設計者が抱いた自然崇拝の偉大なものであったことを感ぜざる訳に行かない。見給へ、殿堂の間に点々散在してゐる老杉……殊に陽明門の前に立ってゐる大きな杉の存在は、確に殿堂そのものと等しき価値を持ってゐるではないか。私の語る言葉は決して無責任な誇張でない。たれか松平正綱に対して偉人の敬語を拒むことが出来るか……」

 


 かくも雄弁な外国人観光客が果たして実在したのかどうか、本当のところは定かではない。


 野口は作家だ。


 内田魯庵に、


 ──日本人でノーベル文学賞を受賞するなら彼だろう。


 と見込まれまでした、練達の。


 この程度の創作は、お茶の子さいさいだったろう。

 

 

Yone Noguchi

Wikipediaより、野口米次郎)

 


 ただこれが、野口米次郎の拵えた架空の人格、幻像に過ぎなかろうとも。──あの時代、態々日本にやって来る白色人種が口にしそうなことではあった。


 とどのつまりは「真に迫っていた」わけだ。


 もしこの野口が、釧路湿原を筆頭に、メガソーラー建設のため遠慮会釈なく伐り拓かれる今の日本の山林を目の当たりにしたならば、果たして何と叫ぶだろうか?


 あまりの無惨に怒号も忘れ、唖然としそうではあった。


 先人に気兼ねするあまり、現在に過度の制約を課すのもそりゃあ不健全だが。彼らの遺志を頭から、まるきり無視し黙殺し、猪みたく盲滅法に進むのも、またぞろだいぶ面白くない。いつか大きな陥穽に、頭から落ちて逝きそうだ。

 

 

Kushirositsugen Hosooka Tenboudai01

Wikipediaより、釧路湿原釧路川

 


 我々はバランスを欠いていないか?

 

 立脚点を見失ったりしてないか?


 いったい正道は何処にある?


 ──秋の陽射しは人をして、いたずらに感傷的ならしめる。

 

 

 

 

 


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