文士・上司小剣は、少年時代のいずこかで、松尾芭蕉に強烈に焦がれた時期があるそうな。
──おれも、大人になったなら。
芭蕉の如き旅から旅の、放浪者の境涯に我と我が身を放り込んでみたいもの、と。漠然とした夢模様を秘めながら、妙な「遊び」に盛んに耽っていたらしい。一面に散った銀杏の葉を、紅葉みたいな手で集め、こんもり積もったその山に己の小さな身体を横たえ、静かに

それでなにやらいっぱしの「風流心」を味わっている気であった。
母親は、さぞや洗濯に難儀したろう。
自己を一騎当千の、無双の英雄豪傑に擬し、新聞紙とかチラシなんかを丸めて作った刀槍をぶん回しては悦に入る。およそ日本男児なら、まず大抵は通過しがちな心理であり仕草だが、そういう「ありきたり」を踏まず、いきなり詩人の枯淡へ向かってのけた点、小剣は確かに非凡であった。
殊更穿った見方をすれば、生き急ぎともマセているとも言い得るが──。
まあ、それはいい。


(viprpg『桜の根本に埋まるわてり』より)
長じて後も松尾芭蕉を「日本で殆ど唯一ともいふべき大詩人」など大胆な持ち上げ方をやって憚らないあたり、彼に対する崇敬心は一貫していたようである。
「日本の芸術には
『斯の道や行く人なしに秋の暮』
といふやうな趣は、真に言ひ知れぬ晩秋初冬の味である。寂をもとむるには老を必要とする。日本で殆ど唯一ともいふべき大詩人芭蕉は、この『老』と『秋』とを結び付けて歌ふことに成功したものである。彼れは、今の世ならば、まだ少壮血気の人として代議士候補にも推さるべき四十年代から、老を看板にしてゐる。老と秋と、それから貧と、この三つから彼の詩は成り立ってゐる」
今の季節の読み物として、好適な評論だったろう。
(Wikipediaより、上司家の墓)
「寂び」の愛好心からいっても、昨今みたく年々夏の勢力騰がり、秋が短縮されるのは、嘆かわしいことである。
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