穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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偶像破壊本格派


 宗教はアヘンなり。


 アヘンは宜しく焼き棄てられよ。あんな毒物、ほんの一片たりとても、地上に留めてはならぬ。

 

 まさかそこまで乱雑な動因からではなかろうが。──とまれかくまれ成立したてのソ連にて、宗教弾圧の凶風がカテゴリー5もかくやとばかりに荒れ狂ったのは確かであった。

 

 

(『Atomic Heart』より)

 


 民衆を迷妄から解放すべく、唯物論者が如何に大胆な手段に出たか。例の吉村忠三の、『ロシアを打診する』に於けるそのあたりの記述を読むと、総毛が粟粒を噴きながらそそり立ってくるような、おぞましいものを味わえる。


 曰く、

 


「一九一八年に全ロシアの尊敬をあつめてゐたキエフ市の府主教(大僧正)ウラヂミル老師は、官憲の為めに街上で惨殺され、屍体には殴打の痕跡切疵が沢山あった、一九一九年にペルムに於いて大主教アンドロニク僧正(二回日本に来朝せる人)は、汽車の進行中抛出されて無残の死を遂げた。同年サラトフの主教ゲルモゲン僧正は河中に投込まれて溺死した。極東のチタに於いて主教エウレム僧正は小屋にて焼殺された。其他極北のアルハンゲリスクに於て、レウェルの僧正プラトン師は極寒に水を浴せられて氷柱と化され、主教フォオハン師は氷の穴に投込まれ、トボリスクの主教は汽船の推進機に結付けて惨殺され、主教イシドル師は尖りたる材の上に腰掛けさせられた

 


 串刺し、粉砕、氷漬け、撲殺、丸焼き、土左衛門──。


 なんともはやだ。魔女裁判の焼き直しでもあるまいに、血に飢えるにも程がある。どれだけユニークな「殺し方」が出来るかのコンテストでも開催ひらいているかのようだった。

 

 

(同上)

 


 アカが他人の人権に無頓着であることはとっくに周知の事実だが、わけてもコイツは極めつけであったろう。


「主教は我国の大僧正に相当する高貴なる地位で、大半は老人である。それにも拘らず、斯くも野蛮に残忍に殺された。其他下級の聖職に至っては殺害された者の名さへ知られてゐない。而かも其の残忍なる点に於いて、其の多人数なる点に於いて、名著クオ・ヴァディスに描かれたローマの宗教迫害を凌駕すると云はれてゐると、吉村忠三の筆先も、激情を隠しきれてない。


 血あり涙ある人間ならば当然の反応だったろう。

 

 

(同上)

 


 なんだか既にこの段階でお腹いっぱいの気分だが、あいにくとまだ終わらない。


 ボリシェヴィキの赤い手は独り生者のみならず、死者に対しても向けられた。


 永遠とわの憩いに安らぎ続けるべき者を棺の中から引きずり出して、更に切り刻んだのだ。

 


「この時代に反宗教運動者の最も興味を惹いたことは、ロシア人が尊崇の目標とした国家的聖人の遺体を冒涜することであった。ロシアの民衆は、聖人の遺体は奇蹟により腐敗しないでミイラとして残ってゐるものと信じ、遺骨をすべて不朽体と呼んでいた。実際は、朽ちて骨又は毛髪となってゐるものが多かったが、原形のまゝ朽ちないでミイラとなってゐるものもないではなかった。民衆は不朽体と云ふ意味に特別なる価値を附し、聖人の屍体は奇蹟で生前の姿で残されてゐるものと堅く信じ、死体の不朽即ち聖人の特徴であると考へてゐた──ジャイロ・ツェペリジョニィ・ジョースターに語った内容そのままである。『SBR』は蓋し名作──「過激派はこの迷信の暴露は信者の信仰に大動揺を与へるものと信じ、聖人の遺骨の公開を企図した。腐敗せる遺骨は迷信打破として反宗教博物館に、不朽のものはミイラとして科学研究資料に解剖し、又は科学博物館に移し、一部は焼却した

 


 とんでもない尊厳破壊、最低の文化凌辱だった。

 

 

(同上)

 


 もし戦後、共産主義者が天下を取って、日本に何かの間違いでアカい国家が樹っていたなら、彼らはきっと、否、間違いなく、各地の天皇陵を暴いて名状しがたい破廉恥を加えていたと、今ならはっきり断言できる。


 そんな歴史はifであろうと目撃したくないものだ。私の生きる現実が、このような形で本当によかった。

 

 

 

 

 


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