死ぬるより殺さるゝより嘆かるは
都の母の今朝の悲しみ
こんな一首を残して死んだ日本人がかつて居た。
彼の名前は柄本富一。
殺人罪で死刑判決を受けた男だ。

(viprpg『やみっちホーム』より)
極悪人の辞世の句といっていい。
公判中、被害者遺族に謝罪もせねば反省の色もまるでなく、坊主の説教に対しても馬耳東風と聞き流す。どうしようもなく荒廃しきった人間性の持ち主が、柄本富一の正体だった。この男の魂を救済してやる方法は、地上にないと思われた。
誰からも憎まれ、ために判決は妥当であると、──一刻も早い執行こそを、満場一致で社会から望まれていたやつだった。

(『Bloodstained: Ritual of the Night』より)
そういう「札付き」の
従前のふてぶてしさは何処へやら。殺人鬼が詠んだにしては、この句はあまりに平凡な感性の反映でしかない。
あるいはすべての男にとって、母を慕う心というのは他の何をも圧し拉ぐ、ついに永劫ふりほどけない業なのか。
正確な名は忘れたが、西洋のさる偉人には、母を己の守護天使なりと信奉し、生涯に亙り跪き、心の支えとし続けた「変わり者」が居たはずだ。
きっと母性に「聖なるもの」を感じ取っていたのであろう。

(『プレイグ テイル -イノセンス-』より)
海外暮らしの極めて長い瀧澤敬一の如きにしても、
──死ぬならやっぱり祖国に帰って、母の隣で眠りたい。
と、弱気めいた告白を著書の中にてやっている。
「死ぬならばやはり桜の木陰がいい。天王寺畔五重塔に近い母の側に眠りたい。寒がりやであった母の墓石には屋根がついて居る。それへ寄りかかり、蚊に食はれながらよく読書したものだ。自分はフランス流に、姓名と生れ年、死んだ日の三行だけ掘って貰へば沢山である」
原文を
墓碑銘をフランス流で済ますのは済ますのはぜんぜん構わなかろうとも、フランスの土となって悔いぬとまでは踏み込めなかったようである。

(エッフェル塔の午砲)
フランス人を妻に迎えておきながら、死後はあくまで日本で、母の隣で憩いたいとのたまった。
このことはよほど重大に思える。「男はみんなマザコン」という昔ながらの中傷も、あながち笑い飛ばせない。誹謗ながらも確かに真理の一端を踏んでいそうではあった。
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