復讐の師が起こされた。
百三十隻以上の漁船に三十余名の海女らをも駆り催して編成された、堂々たる陣容である。
総大将は御木本幸吉。
言わずと知れたミキモトパールの創業者。
この軍勢を以ってして、真珠養殖場内に
目的の所在は、偏にそこに尽きている。
時あたかも大正四年の夏だった。
(Wikipediaより、御木本幸吉)
どうした潮目の関係か、あるいは海水温にでも原因するものであろうか? とまれかくまれこの年は、およそ三重県沿岸にタコが湧くこと無数であって、連中による食害も尋常ならざる領域へ、しぜん発展したわけだ。
タコは貝を捕食する。
それはそれは巧妙に、殻をこじ開け、ほんの僅かな隙間から、毒を打ち込み麻痺させて、むしゃむしゃ平らげきっちまう。
御木本翁とその一統が苦労してせかせか丹念に真珠の「核」を仕込んでいった、アコヤガイとて例外でない。
むしろ好餌といっていい。
なにせ、前例のない「大湧き」ゆえに防御装置も不十分。貪欲な軟体生物に養殖場はひとたまりもなく、見るも無惨に荒らされて、社の会計には途轍もない大穴がぶち空けられる始末となった。

御木本の怒るまいことか。
激怒したといっていい。おのれ不埒な八本足めと、もうカンカンな有り様だ。
彼は直ちに地元の漁業組合に──船越、迫間、島津、木谷、礫あたりの組織に対し影響力を行使した。その結果が先述の、「堂々たる陣容」である。真珠王の声望の、実に顕著な具現であった。
大仕掛けなタコ漁が二週間に亙って続き、都合三百万坪の海面浄化をこれに因って果たしたそうで、漁獲されたタコどもは、一日平均二千匹にも及んだという。
獣害に対する腹いせとして、まず上々な出来だった。

テリトリーを荒らされて、黙って引っ込む腑抜けにあらず。御木本幸吉は男だったといっていい。筆者なんぞも実家の桃をカラスに啄まれた際は、あの鳥類の何もかもが憎くなり、一匹残らず射殺したいと心の底から念願したものである。巣の一つ一つに至るまで、丹念に焼いてやりたいと。そういう意味で、御木本の気持ちはよくわかる。
いっそ羨望すらしよう。獣害による不快さは、人をしていとも容易く理性の縛鎖を引き千切り、復讐の鬼が顔を出す、洒落にならない深刻性を帯びがちな、嫌味に過ぎるものである。

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