北極圏の先住民も新大陸の先住民も、白色人種を扱うに「神の出来損ない」視した。
それは現実の力では、──ごく物理的な殺戮技能、単純な戦争の強さではどうやったって白人どもに敵わぬと、吐き気がするまで徹底的に思い知らされたが故の、逃避あるいは代償行為、せめて心霊界にては優越性を持ちたいという、儚い抵抗だったのか。


(viprpg『もぐれケゴール洞窟』より)
とまれ一切の連絡が無かったにも拘らず、この点に於いて両民族の認識は、奇妙な相似形を描いた。
少なくとも民族学者の解説ではそうなっている。
「エスキモー人の神話によると、ケラクといふ神が土をこねて人類を造る事にしたが、さうした為事は始めてなので、甚だ不手際なのが出来た。で、これには海豹を与へなかった。で、二回目に始めて完全な人間が出来たので、神は喜んでこれに海豹を与へた。最初の出来損じの人間が白人であり、二度目のうまく出来た人間がエスキモー族であるといふ。太平洋西北岸のアメリカインディアンの神話に従うと、神が土をこねて人間を造ったとき、陽光に曝し過ぎたのが、色の黒い部族であり、日蔭に並べて置いたのが、色の稍々白い部族であるといふ」
如上の書き手は松村武雄。
雑誌『旅と伝説』の、昭和十年新年特別号上に掲載された文である。

これまた直近の古本まつりで、──埼玉県は所沢市の駅前ホールでやっていた「第115回 彩の国所沢古本まつり」で発見した逸品だ。
読書の秋、秋の夜長の本格的な訪れを前に、およそこの種のイベントが立て続けに
閑話休題。
話を戻そう。
くどいようだがエスキモーにしろインディアンにしろ、どっちの先住民族も白人種の侵入によりこっぴどい目に遭わされまくった点を踏まえて視た場合、上の「神話」の持つ意味は蓋し微妙になってくる。屈折した自尊心の芳香を、なにやら背後に嗅げるのだ。
逆に白人の立場からこれを眺めてみた場合、出来損ないと、失敗作と蔑まれ、神の寵愛の外に置かれた自分等が、そのコンプレックスを武器にして、憎悪で磨きをかけた末、ついに復讐を成し遂げたのが近世史とも呼び得るのではなかろうか。
それはそれでヒロイックとでも言うべきか、逆襲譚の主役めいていて面白い。

(『プレイグ テイル -イノセンス-』より)
定義するといふことが、即ち哲学である。哲学は人間の心理が、世界の成立に就いて、己自身に与ふる説明である。
──エマーソン
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