「大震災で閣僚全部がくたばった? 財界人にも被害大? それじゃあつまり俺らの時代が、想定よりもずっと早くに来るってか?!」
「こんな異国でグズグズしてはいられない。早急に帰朝しなくては。祖国の混沌を収拾し、その功績を将来の跳躍台に活かすのだ」
大正十二年九月、外遊中の一部人士の間にて、取り交わされた会話であった。

(ポツダム広場)
とんでもない発想だった。
目のつけどころがあまりに違う。
これが成長途上の国ならではの特権か。若々しい国家には、その雰囲気に相応しく野心みなぎる人材が雲の如くに湧くものだ。
にしても、関東大震災の被害を聞いて──それも過度に誇張された、初期の報道を耳にして、
「なんだこれ。チャンスか?」
と、目を七色に輝かせつつ居直れるのは尋常ではない。ちょっと、否々、だいぶ、相当、常軌を逸した感がある。ポジティブシンキングを通り越し、サイコと呼ばれる領域に、もはや片足突っ込んでんじゃあなかろうか。


(viprpg『M.M.』より)
だがしかし、そもそも論を展開すれば、百年前の大正時代のあの時期に、海外渡航、それもお遊びの旅行ではなく真面目な研究目的で留学可能な手合いなぞ、実家がよほど富裕であるか、さもなくば、既に自分の優秀性を存分に
そういう選り抜きぞろいの集団、つまりいわゆるエリートどもの間でならば、斯くも異様な自負の顕示もさまで不審ではないやも知れぬ。乃公出でずんば蒼生を如何せんの掛け声に、素直に血を熱くして、燃えることが出来ていた。その点彼らは性根に於いて真っ直ぐだったといっていい。
敢えて再言させていただく、国も人も、若かった。
やがて報道が冷却し、被害状況が正確に伝わるようになったあと、彼らの胸に去来したのは、果たしてどんな色彩の念であったことだろう。
安堵か、それとも失望か。双方共に綯い交ぜられたシロモノか。ならその比率は如何ほどか。
老いた国に生きながら、測り知るのは難しい。

(viprpg『おいでよ自殺者の森』より)
物に感じるは、若き者の特権である。かかる若き日の感激ゆゑに、我々は荘厳なる老齢を迎へることが出来るのだ。
──鶴見祐輔
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