人命がひとすくいの麦粉より軽く扱われる国家。
そんな国には住みたくもなし、生れたくもないものだ。

ソヴィエト時代のロシアについて言っている。
「政府は一九三二年八月二十二日附にて穀物盗難防止案を発布して、農民が耕地に於いて、又は穀物保管庫に於いて、穀物を盗んだ場合、国有財産を窃取したものと同罪と見做し、又は革命運動を妨害する反革命行為とも見、極刑たる死刑に処することゝした。…(中略)…此の法案は裏面から観察すれば、ロシアには穀物の盗難が実際にあることを證明することゝもなる。麦穂一つが国有財産で、麦穂一つ盗んでも死刑になり、穀物を盗むことは文字通り生命がけの仕事となった。盗まなければ餓死し、盗んで見付かれば銃殺される。助からないのは彼等農民である」
昭和八年刊行の『ロシアを打診する』こそが、一連の文の引用元だ。
著者の名前は吉村忠三。南満洲鉄道会社の嘱託の身であるそうな。

ちょっと前に
とても九月とは思えない、うんざりするような残暑に耐えて粘り強い探索をやった甲斐があったと言える、よく内容の整頓された本である。
小麦の袋ひとつを盗んで銃殺刑を執行されたかわいそうな露人の記録はGPUが未だチェーカーだったころ、すなわち一九二二年以前に於いてもありありと確認可能ではあるが、一九三二年の法令は、それをいよいよ公的に制度化したとも見做せよう。
そういえば一九三二年はホロドモールの、何百万もの「飢餓による死」がウクライナにて発生した年だった。

(『Atomic Heart』より)
「ロシアの行詰まりの最も大なるものは食糧難である。労働に八時間、休息に八時間、残りの八時間はパンを得る為めの行列に費されると云はれてゐる。ロシアの食糧難は慢性的で而かも年々拡大されてゐる。国民がよく我慢してゐると不思議に思はるゝ程である」
米価高騰の折柄、最近日本国にても米泥棒の跳梁がどうやら目立ちつつあるが、ソヴィエト式に裁くなら、彼らは全員発見次第鉛玉をぶち込まれ、血と脳漿の混合物を地面に吸わせねばならぬ。
児童が育てた米20kgを横領し、勝手に己の腹を満たした小学校教員なぞも、むろん例外たり得まい。
あのふとどきが停職三ヶ月で済む点が、現代日本とソ連との、そのまま差異であったろう。
まあ何にせよ、くわばらくわばら、アカい国はおっかないということだ。
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