戦場は異常環境である。

そこでは人は、あまりに脆い。すぐに崩壊してしまう。ひとり肉体のみならず、精神面でも事情は同じ。直接弾雨を浴びずとも、悪臭、不潔、騒音に、破片と化した敵味方、五官を通じて流入し来たる四囲の情報ことごとく、心を削らぬ
英国の、とある陸軍士官は一次大戦を経て以来、蜂の羽音がまったくダメになってしまった。
ぶーんというあの独特の飛行音が近づくと、敵航空機に脅かされた惨憺たる体験が脳の隅から自動的に這い出して、またたく間に真ン中を占め、ために全身、彫像にでも化したが如くカチンコチンに硬直し、脈が早まり、冷や汗がじっとり背筋を濡らす、そういう反射反応が生理機能に捩じ込まれていたそうな。

一連の強制力たるや、意志の力で克服可能な甘いシロモノでは、むろんなく。
およそ人類の神経にとり、塹壕戦が如何に過負荷な状況か、訓練された兵士だろうとそう長々と耐え得るモノではないことを、ありありと示す例だろう。
「前線の兵士が弾や砲弾の破片に当たって負傷するということは一般にも想像に難くない。が、まさか、四散した味方の身体の一部に当たって負傷したり死亡したりしようとは思いもよらない。それほど大衆は現実を知らされていないのだ。何にやられたのかと負傷兵に尋ねたとき、返ってくる答えが『相棒の首』とか軍曹の手足、あるいは靴をはきゲートルを巻いた日本兵の脚、ウエストポイントの卒業記念指輪をつけた大尉の手、などというものであるとは誰も予想しないのだ。兵士たちの怒りをかり立てるのは、銃後も、後方も、何万回となくくり返されるこの体験についてまったく知らず、いい気なものだという思いだった」
上はポール・ファッセル著、『誰も書けなかった戦争の現実』よりの抜粋である。
「ゲートルを巻いた日本兵の脚」の一節から察せる通り、第二次世界大戦下の事情について述べている。
まさに端倪すべからざる極限環境といっていい。
世にやかまし屋は多けれど、斯くの如き体験により心を病んだ兵隊に「甘ったれるな」と一喝できる
宇露戦争の勃発以来、ドローン兵器の台頭は、もはや半分、時代の趨勢の観がある。
またぞろ蜂の羽音にもトラウマを刺激される兵隊が大量生産されそうだ。
そも、「ドローン」という名称自体、
歴史は繰り返す、まこと皮肉に繰り返す。
あまり毒が利きすぎて、苦笑いも浮かべてやる気になれんのは勘弁願いたいが、さて──。

戦争は政治の一形式に過ぎないから、政治家にとっての軍事知識といふものは最早自分の畑以外の何物でもないのに、我国の政治家の多くが「少年倶楽部」愛読者程度の軍事知識しか持ち合はせていないのは真に驚くばかりである。政治家にして既に然り、アトは言ふだけ野暮である。
──福永恭助
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