穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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流れを求めて ─武蔵野台地漫遊記─


 水に惹かれる。


 水に慕い寄ってゆく。


(どうも、おれには)


 そういう性質サガがあるようだ──と、西国分寺駅改札を潜りながら考えた。

 

 

JR East Nishi-Kokubunji Station South Exit

Wikipediaより、西国分寺駅

 


 ここから歩いて五分ちょい、お鷹の道・真姿の池湧水群を眺めに行くのが目的だ。


我々は昔から人数に拘はらず、必ず一団の邑落には一筋の水の流れを必要としてゐた。何時の世にも天性の欲求から、水の畔にばかり都邑をなさうといて居ったのである。その上に、別に泉といふものは神を祭るためにも、酒を醸すためにも絶対に必要であった」。──柳田国男の説である。


 彼の著作を紐解くと、己はつくづく日本人だと自覚する。


 その「天性の欲求」が、私の中で叫ぶのだ。


 流れが観たいと。


 美しい川のほとりに佇んで、時間を忘れ去りたいと。


 そんな具合いの欲求に、脳細胞を蝕まれることがある。

 

 

柳田国男

 


 先日もそれ・・に襲われた。どこか近場にこの欲求を解消できるスポットが転がってやいまいかとあれこれ捜索した結果、幸いにして武蔵野台地のこの場所を、環境庁お墨付き、全国名水百選に名を連ねたる清流を、発見の運びと相成った。


 そうした次第でここへ来た。


 まったく余儀なき事由だった。

 

 

 


 案内板に従って、武蔵国分寺公園の敷地内を南下する。

 

 

 


 紫陽花がみごとに色づいていた。

 

 

 


 やがて坂へと行き着いた。このあたりからせせらぎが徐々に鼓膜を揺らしだす。

 

 

 


 下りきったら、

 

 

 

 

 そこがお鷹の道である。


 写真ではどうも分かり辛いが、奥の石垣下あたりから不断に水が湧いている。

 

 

 


 そのすぐ横手に真姿の池。

 

 

 


 底までパッチリ透き通る、期待に違わぬ清澄さ。


 更によくよく見てみると、

 

 

 


 苔むした巌の上の水禽よ。


 羽ばたきもせず、置物然と不動なり。


 そのまま日本画の題材にでも出来そうな、これはたまらぬ景色であった。

 

 

 

 

 


 一通り散策した後は、せっかくここまで来たついで、近場の風呂に浸かってゆくことにする。

 

 

 


 『国立温泉 湯楽の里』。


 多摩川べりの天然温泉。


 とどのつまりは地熱と地下水の恵沢である。

 

 

 


 堪能させていただいた。


 心身ともに一新したが如き爽やかさであった。

 

 

 

 

 


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