うどんや
昭和二年も残すところ五十日を切るか切らないかといった、十一月十日の話。東京府庁に「そば職人」を名乗る壮漢三名が突如押し掛け、知事に面会を求めるという椿事があった。
当時の府知事は平塚広義。
「ヌラリクラリ党のエキスパート」と呼ばれた男。
(Wikipediaより、平塚広義)
自己を韜晦することに異様に長けた人物で、その技量により政党色すら灰色の中に埋没せしめ、政友・憲政・
そういう半分、政治的妖怪みたいな者にしてみても、
(なにごとだろう)
この訪問は不意打ちであり、意想外なことだった。
いぶかしみつつも通してみると、
「実は
本当の江戸前そばの魅力を広めたいという趣旨に基くこのイベントに、「是非ともご足労願いたい」と頭を下げに来たのであった。

一応このそば職人らの名前を列記しておくと、船井勝太郎、杉山喜代太郎、岡本義の計三名とされている。
「ああ、それはおもしろい」
二つ返事でかるがると、平塚知事は頷いた。
快諾したといっていい、事前に何のアポイントメントもなかったにも拘らず──。
繰り返すが、他の麺類、うどんやそうめん等々で、同じ反応が果たして期待できたか、どうか。やっぱり江戸はそばなのか。香気といい色艶といい、一種特殊な格調高さを備えているということは、確かに否めぬ事実だが。

(奈良県美輪の白瀧そうめん)
とまれかくまれ平塚知事を筆頭に錚々たる面子を招き、『風流そばの会』は無事開催と相成った。
卵切り、茶そばに始まって、味蕾の悦び以外にも俳句・川柳・都々逸即吟、落語に藤間流舞踊、神楽舞の興行さえもプログラムに組み込んだ賑々しさであったとか。
雅としかいいようがない。風流心は、なるほど大いに満たされたろう。看板に偽りなしという訳だ。
──奇遇にも。
この一件とちょうど同時期、まさしく前後するように、帝都・東京ど真ん中、政府中枢に置かれては白川義則大将が、
「兵器がいかに精鋭でも、いくら優秀な将校が殖えても、兵卒が駄目では国軍はもぬけの殻である。十年前に一銭五厘であった酒保の
と、陸軍省を代表して熱弁し、しみったれた大蔵省の財布から兵卒優遇用の予算を吐き出させんと齷齪していたものだった。

上級にも、庶民にも。
およそ日本人にとり、そばは定番の食い物である。
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