敗戦間もない混迷期。「真相箱」やら何やらに影響された国民が、嘗ての政府や軍人を、嘘と虚像と捏造の総本山と糾弾し、「大本営発表」の空々しさをあげつらうのが流行りになっていた時代。
とある保守派論客が逆上気味に吼えたところの、
「戦争中に本当のことを言うような阿呆な政府が、世界のいったい何処にある」
この一言が忘れられない。
左様な所業に及ぶが最後、みずから「敗け」を招き入れるに等しい愚行ではないか、と。
なるほど確かに勝利を志向する上で、情報統制は不可欠だ。


ジョン・ウィンダムの筆を借りれば、「正直こそ最高の策なりといい始めた人が、果たして集団士気に関する知識を充分に持ち合わせていたかどうか、あやしいものだ」。我々を叩きのめしたアメリカにしても、その点むろん抜かりなく、
「戦争が終わるまでは国民には自分は何も知らせたくない。そして戦争が終われば、どちら側が勝ったかを知らせよう」
とは、実際に検閲の任に当たった某軍官の吐露である。
蓋し至言といっていい。

(フリーゲーム『奈落の華』より)
今一つ例証を引かせてもらう。
むしろこいつが本命である。一次大戦下に於ける帝政ドイツのお話だ。彼等もやはり新聞に十重二十重の検閲をかけ、かけ過ぎて、ためにグスタフ・シュトレーゼマンの怒りを買ったものだった。
「帝国議会の議事進行の模様を全部抹殺して之を紙上に掲載せしめざるが如きは愚も亦極まれりと云ふべし、今次の如き世界的戦争は輿論の力に依りて初めて終局の勝利を占め得べし、政府はドイツに都合よき外国新聞の記事のみを掲載せしめ国民に事実を知らしめず、故に吾人は一朝夢醒むるや吾人を圍繞するものは只敵国は勿論中立国の憎悪嫉視敵意のみなるを知るに及んで呆然自失せる有様なり」
後の宰相──ワイマール共和国首相閣下の、一九一六年、議会演説の一部であった。
(Wikipediaより、シュトレーゼマン)
続けて曰く、
「戦争遂行上ドイツの意に満たざるもの多く、ドイツは多大の困難に遭遇し居れるものにして、英国の封鎖は多くの点に於て有効なりとのドイツに不利なる事実を国外のドイツ人に向い秘するが如きは到底不可能たり、政府は宜しく目下戦争は決してドイツに一から十迄悉く好都合に進行し居るものに非ず、否な多くはドイツに不利なる発展を為せり、故に国民は如何なる負担をも忍ばざるべからざる旨を周知せしむるの手段を執るべし」
戦争中は何処の政府も嘘吐きになる。
結局のところ、分水嶺は勝ち負けでしかないのであろう。戦勝国の検閲は勝利の為の方便であり、武略の一環と見做されて。
敗戦国の検閲はその場しのぎの自己保身、責任逃れの猶予を捻出するために詐欺漢どもが施した、犯罪的愚行なりと唾棄される。

やはり
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓
![]()
