穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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永らえし者


 皇帝蒙塵。──敗戦国の悲況に堕ちたドイツを捨てて、ヴィルヘルムⅡ世は逃げ出した。

 

 

Emperor Wilhelm II (also known as William II) of Germany

Wikipediaより、ヴィルヘルムⅡ世)

 


 理屈は立つ。


 名目はいくらでも並べ得る。


「亡命」という政治的な用語を被せ、正当性の補強工事を行う余地はたん・・とある。


 しかしながら取り残されたドイツ国民たちにとり、そんな努力がなんだろう。いくら抗弁されたとて、否、言い繕えば繕うほどに、「責任逃れ」の悪印象が強くなる。


 ──陛下は我らを投げ捨てて、ひとり遁走しなされた。


 ──祖国がどん底に陥った、いちばん大事なこのときに。王者としてあるまじき、背信行為ではないか。


 そのように糾弾されるのは避けられないことだった。


 戦後しばらくはカイザーの身を引き渡せ、渡すわけには参らぬという悶着が、亡命先のオランダと連合国の間とで展開されたものであったが、それにも一応、ケリがつき。


 彼は生きた。生き延びた。


 生きて、歳を重ねるにつれ、時の流れの効能が、徐々にほとぼり・・・・を冷ましゆき。──戦時中、異様としか言いようのない偏執的な情念で「カイザー」の称に植え付けられた毒々しいイメージも、漸く世間人心中から薄らいできた、一九二七年秋のこと。

 

 

Bundesarchiv Bild 136-C0804, Kaiser Wilhelm II. im Exil

Wikipediaより、ヴィルヘルムⅡ世、1933年撮影)

 


 相も変わらずオランダで亡命生活継続中の元皇帝は、さる訪客と歓談中、やがて話頭が時事問題──最近世界情勢に及ぶとやおら顔色を改めて、性懲りもなく各国が「平和」「親善」の美名に隠れ、裏では軍備の拡張に汲々たることを責め、


「この調子では、このままの勢を以ってするなら、遅くとも一九三七年には必ずや、第二の世界大戦が勃発することだろう」


 と、預言者としての威儀を纏いて述べている。


 以って当時の国際社会のキナ臭さを知るに足る。


 更に続けてヴィルヘルム、二度目の世界大戦がどう推移するか語りだし、

 


此の戦争はほんの数日間か或ひは数時間で終るだらう、宣戦布告と同一瞬間に飛行機、飛行船、潜航艇から成る厖大なる艦隊に無線によって出動を命ぜられ、即座に敵の商船を撃沈し、戦闘準備なき国家は四十八時間内に滅亡の運命に陥るだらう、また陸海上においては新しい有毒ガスや爆弾が使用されて弱国は瞬間の内に全滅するだらう

 


 ちなみに第二次世界大戦が実際に起きた日付とは、一九三九年九月一日のことである。

 

 

(ドイツ兵の墓)

 


 二ヶ年ばかり、人類世界はカイザーの値踏みを裏切った。


 戦況の進捗に関しては、もはや言うも愚かなり、だ。


 戦争は終わらない、そう易々とは終わらない。一度開始はじめてしまえば最後、誰にとっても思い通りに運ばない、そも解き放つべきでない、魔獣の類であるらしい。

 

 

 

 

 


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