穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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美しき封建律


 人を殺ったら鉱山ヤマに逃げ込め。


 腕に覚えのある技師にとり、鉱山ヤマは格好の逃避先、奉行所の詮索も届かない、藩邸同様ある種の治外法権だ。──…


 江戸徳川の世に於いて、異常な速度で発達を遂げ来たった観念である。


 山のはらわた、暗くうねった坑道あなの底には地上の法の支配とて、まず易々とは及ばない、そうした意味でも闇の領域が広がっていた。

 

 

 


 そもそも鉱夫全般が幕府から特権を受けているのだ。


「山師金掘師、人を殺し山内に駆込むとも留置き、仔細を改め何事も山師金掘師の筋明白立候はゞ留置相働かせ可申事」。──たとえ人殺しであろうとも、事情をあらため人品を閲し役に立ちそうであるならば、そのままそこに留め置き、働かせて構わない。


 歴史に名高い『山例五十三箇条』の一節である。


 起草者は、初代将軍・神君徳川家康とされている。


 権現様みずからが「斯くあれかし」と定め置かれた掟な以上、その権威は絶対だ。叛逆はおろか異を唱えることすらも、ほとんど慮外の沙汰である。


 ただ、このくだりには続きがあって、但し主人親殺の科人は一切隠置申間敷其の科後日相顕れ候はゞ早速縄掛け差出し可申候」、殺った相手が朋輩・下僚の類ならば兎も角として、目上の存在、主人あるじや親を手にかけた不忠不孝の徒輩なら、如何に鉱山ヤマの技術があっても寛恕の対象たり得ない。そういうことになっている。封建的発想の、これ以上なく濃厚に匂い立った機微だろう。

 

 

 


「君父の讐を復するは、皆臣子の至情に出づるものにして、苟も其志を遂ぐる為めには、婦人の力を假ると雖も恥辱となすに足らず。──これまた家康公の御言葉として今日に伝わるものであり、


「君親の仇は弓銃を用ひて之を殺すも卑怯にあらず。──こちらは我らが甲斐の英雄、武田信玄公の言。


 君父のかたき・・・は離れた場所から弓や銃にて射殺しても構わない。よしんば女の手を借りて息の根を止めたのだとしても、その復讐は立派なものと見做される。


 それほどまでの特例を態々設けることにより、親や主君が如何に貴い存在か、人々をして暗に悟らしめんとする。下剋上の発生を、ごくさりげなく心理的、倫理の面から抑止する。類い稀なる食わせ者、狸おやじな彼らのことだ、そうした狙いがきっとあったに違いない。

 

 

 

 

 


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