一九二四年、連邦議会に提出された排日移民法案を、「新聞王」ウィリアム・ランドルフ・ハーストは徹底的に首肯した。
彼のビジョンは米国が、少なくとも濠洲と同程度の有色人種排斥国と化するところにこそ在った。
(Wikipediaより、ハースト)
これは誇張でも推量でもない。以下、本人の口吻をそのまま引かせていただこう。
「我等米人はオーストラリアと同等に絶対的に東洋人の侵入を防止せねばならぬ、単に白色人種の為めでなく、西洋人の生活の標準及び労働賃金の標準を維持する為めに東洋人の侵入を防止せねばならぬ。西洋文明の偉大なる業績は高き道徳及び生活水準に由来するものであって高き道徳標準は或る程度まで生活程度の如何に依るものである、この点から生活程度低く道徳程度低き東洋人労働者は排斥さるべきである」
斯くの如き理論的根拠を持ち出して、ハーストは己が傘下の新聞に排日主義を鼓吹せよ、黄禍論の猛烈な社説を書いて書きまくれと指示。
「戦争が起きるのを待つなどと、旧時代の新聞のやり方だ。我々が戦争を起こすのだ。そうでなければ新ジャーナリズムとは呼べぬ」
と、こう獅子吼した青年時代の熱血が、未だ微塵も色褪せざるを明らかにしたものだった。

(『サイバーパンク2077』より)
むろんハーストは孤独な奮闘者ではない。
上・中・下層問わずして、アメリカ社会の到るところに、彼は山ほど賛同者を持っていた。
就中、カリフォルニア州選出の共和党上院議員たる、サミュエル・M・ショートリッジの如きなど、
「米国は国民の基礎を固めるに必要な分子のみを抱擁しなければならぬ、生活程度低き日本人労働者は経済的にも米人の生活水準を低下せしむる」
ほぼハーストの口移しめいた演説を、議会に於いて堂々と、悪びれもなく行う始末。
それほどまでにメジャーな理屈であったということなのか。衣食足りて礼節を知る、貧すれば鈍すは、確かに真理ではあるが。
(Wikipediaより、サミュエル・ショートリッジ)
──しかし、にしても。
ほんの百年前までは移民を拒否され悲憤慷慨絶頂極めた我々日本国民が、今日となっては国内に外国人があまりに多くなりすぎて苦悩する立場に廻るとは。
隔世の感にうたた瞠目せざるを得ない。悲劇と喜劇は仲良しだ。常に背中をくっつけている。往々にして歴史とは、巨大な皮肉を仕込んでくれるものである。
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