蛙鳴蝉噪、野次が飛ぶ、足踏みをする卓を拳固でぶっ叩く、挙句の果てには互いに胸倉掴み合い、柔道の技を競い合う。
「これが仮にも文明国の議会かね」
とは、大日本帝国の衆議院を見学した人々の、一様に浮かべる嘲笑だった。
多少なりとも表現力に自信のある文士らは、衆愚院だの日比谷座だの何だのと、議会を揶揄し諷するための新たな言葉の発明に余念のない有り様だ。

ところがしかし何処にでも変わり種は居ると見え、
「あれはあれで進歩の一過程なのだ。そう辛辣に、批判ばかりするもんじゃない。──たとえ牛歩の歩みでも、日本の政治は確実に、洗練されて行っている」
と、苦しい擁護に敢えて乗り出す者も居た。
富士川游が、まさにそうした「少数派」、「挑戦者」らの中の一人といっていい。
『日本医学史』の著者として世上に名高いこの人は、議会を語るに
「衆議院に於ける喧騒の状況は、殆んど車夫馬丁の争ひで堂々たる紳士が国政を論議する場とは思へない、実に呆れ返った醜態である」
と、先ずは一番、月並みに、貶しつけておきながら、
「無論彼れが好いとは言はない、併しながらあれでもその間に一の進歩を見出すことが出来る」
直後にわかに調子を転じ、現状──大正議会と比較するのに、どうやら明治時代も前期、太政官制の古色蒼然たる記憶を担ぎ出し、
「即ち昔は大臣にでもなると対等に物を言ふことも出来ないほどに只崇め奉て居た、それが今日では何人でも大臣に対して忌憚なく是非曲直を争ひ得ると云ふ観念を抱き、実際にそれを実現しつゝあると云ふのは、或一面から観て確に一の進歩であると言はざるを得ない」
云々と、独自色をたっぷり入れた、斯様な意見を展開してのけたのだ。

丸い卵も切り様で四角、褒め上手は世渡り上手。物事を軽々に悲観せず、粘り強く良いところを探し出し、ほら見ろそんなに捨てたもんじゃあないだろうと自他を鼓舞する、早い話がポジティブ思考。
還暦近い身でありながら精神上の風通しをなお確保して、心に陽気を留めんとする姿勢には、大いに見習うべきがある。──特にこんな、何かと気分が落ち込みやすい季節には。
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