大戦景気に浮かされて、公僕たる身に飽き足らず、濡れ手で粟を掴むべく、実業界──野に下った連中は教職中にも多かった。

(満洲にて、粟の穂叩き)
こういう場合、数字は何より雄弁だ。実に大正八年度には六百人以上もの中等教諭が不足して、無理難題といっていい過酷なやりくり算段に、当局者らを追い込む事態になっている。
「一体中等教員は何時の年だって不足で困るが昨年の統計で見ると六百人の大多数は従来に見ざる大不足であった、辞表の上に病気としても其多くは皆実業界に飛込んだものと睨んでゐる、その筈である不足の多い英語の教師はタイプライターを叩いて直ぐ役に立つし物理化学の教師はさうした会社に就職口が多かった、会社向きでもない歴史や地理や修身倫理の方は殆ど不足してないのでも判る」
文部省のお役人、赤司鷹一郎の分析である。
無理難題を押し付けられた側の一人といっていい。
学部による身の振り方の有利不利、就活格差の存在は、この時代からもう既に。歴史学科の不遇っぷりに涙もちょちょ切れそうである。
(Wikipediaより、赤司鷹一郎)
とは言えだ。体よく転職成就した元教員の面々も、そう長いこと順風を愉しんでは居れなんだ。物理的な必然性すら伴って殺到して来たあの不況、戦後恐慌の大波濤に呑み込まれ、非常に多くが転職先ごと宙に投げ出されたからだ。
その結果として孤影悄然すごすごと、元の職場へ戻らんとする「古巣帰り」が本年以降相次いだ。
「所が最近になって泡沫会社が跡形もなく潰れたり、十把一束に社員の首を斬ったり変る世態に
子弟を導き国の未来を育む立場でありながら、あぶく銭への誘惑で、あっさりソレを放棄した。責任感も信念も毫も持ち合わせていない、目先の慾に大喜びで釣られゆく、拝金宗徒の機会主義者であることがこれ以上なくまざまざと証明された人間を、それでも「恩師」と仰げるか? 仰がねばならない屈辱は?

兵士になって先生が教室を去って行く国と、成金目指して先生が学校をうっちゃって行くお国。
どちらもあまり好ましい状態とは言い難い。
戦争はあらゆる平衡を跡形もなく破壊するとは、まったく真理であったろう。
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