穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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世界を包む狂い火よ


 ブツがあってもそいつを運ぶアシがない。


 伝家の宝刀、親方日の丸「政府御用」の大旆をこれみよがしに振るってみても、今度ばかりは効果が薄い。それほどまでに国内の海上輸送能力は全力稼働しきっていたようである。


 事は大正五年の話、大戦景気に湧く日本に、同盟国たる大英帝国政府から思いもかけない要請が来た。


 石炭の大口注文である。


 ──何かの間違いではないか。


 耳を疑い狼狽える担当官の有り様が眼前に髣髴たるようだ。

 

 

 


 イギリスと言えば世界に名だたる産炭国ではなかったか。ご自慢のウェールズ炭はどうした。こんな地の涯て惑星ほしの裏側、極東からまで遥々と、燃料資源の調達に齷齪せねばならぬとは、連合国の窮迫はそれほどまでに深刻なのか──。


 のっぴきならない背景が、この一事からでも窺える。


 とまれさておき同陣営の、友邦からの懇望である。さっそく応えようとして、想いもかけぬ躓きを日本政府は味わった。


 再び言おう、「ブツがあってもそいつを運ぶアシがない」。船の需要はこの当時、無限に等しくさえあって、世界規模にて異常な過熱を見せていた。

 


今般英国政府より我国に対し石炭の大註文をなし来れることは事実なるが、石炭は九州を始め北海道各炭坑に蓄積しあるも如何せん之を輸送すべき船腹なき為め折角の註文に応ずる能はざる破目にあるを以て逓信省に於ては頗る之れを遺憾とし、六日若宮管船局長は船主同盟会幹事緒明圭道氏を招致し船腹補充に関し種々協議する所ありたるが、結局註文全部を供給せずとも其内半なりとも供給する方法を講ずることゝなれり

 


 大正五年一月八日の『報知新聞』記事である。


 船成金が引きも切らずに誕生するのも納得だ。


 くどいようだが、これほど引く手数多なら、そりゃあ景気もいいだろう。「どうだ明るくなったろう」のモデルとなった人物も、確か船主だったはず。フネを持っている奴こそが王様であり、時代の覇者であったのだ。

 

 

 


 日本の袖を引いたのは、ひとり英国のみでない。


 ほぼ同じ時期、フランスからも我が国へ、興味深いアプローチを試みている形跡あとがある。

 

 外交官ステファン・ピションの名で以って発信されたメッセージ。

 


「余は久しき以前より日本国民に対して深き好意を寄せ未だ嘗て変りたることなきは足下の熟知する所なり、余の支那公使たる時代に於て日仏親善の為めに努力し後外相として日本とフランスをして一層親善ならしめんが為めに敬愛する友人栗野石井其他の諸君と共に画策したり、斯くて余は一九〇七年に於て一層強固なる両国の親善を確保し両国政道の一致を図らんが為めに協約を結ぶに与りたるを光栄とするものなり──明治四十年六月十日パリの地にて締結を見た、日仏協約を指しているに違いない──「今や我等は前代未聞の強敵に対して正義の為め自由の為めに連盟を結ぶに至れり、夫れ日本の兵威の盛なるは余の之を賞讃すること決して人後に落ちず、日本国の偉大なる所以は余以て良く之を知れり、而して日本は既に極東に於て敵に大打撃を加へたり、然るに尚進んで世界の人類報復の為めに欧洲に於ても多大の助力を我等に与ふるおしまず、以て敵に打撃を与へんことは余の希望して已まざる所なり

 

 

 如上の訴え、文章が、つまりは発見できるのだ。

 

 

Stéphen Pichon

Wikipediaより、ステファン・ピション)

 


 これでもかと凝らされまくった外交辞令、お世辞お愛想おだて・・・の言葉を引っぺがして要約すると、


「さっさと欧洲戦線に援軍寄越せや日本人、戦争しか得意なことが無いくせに、一丁前に高みの見物気取ってんじゃあねえぞボケ」


 こんなあたりが、まずまあ妥当でなかろうか。


 人類最初の世界戦争の幕が開いて二年弱。交戦国はどこもかしこも地獄の鬼火に背を焼かれ、物狂いの形相を徐々に呈しつつあった。

 

 

 

 

 


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