穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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異国の統治は至難なり


 二十世紀前半期、インドが未だ英国の薬籠中であった頃。


 当然そこには志士が居た。現状に大なる不満を抱き、変革のため手段を選ばず努力する、極めて過激な政治分子の集団が。

 

 

 


 彼らの言辞に目をやると、実に激しい。


 野獅子の血に猛ると言うか、舌鋒雷火を散らすと言うか。兎にも角にも当たるべからざる勢いを、随所に於いて見出せる。


 この上なく切実に独立を希求するゆえに、彼らは英国の行ったあらゆる施策を罵り倒さずいられない。そんな習性を持っていた。たとえ相手が女王陛下であろうとも、分け隔てなく噛みついてゆく恐れ知らずな蛮勇が、その形影に宿るのだ。

 


ヴィクトリア女王の『インド人の繁栄は即ち英国の勢力であり、インド人の満足は即ち英国の安全であり、インド人の感謝は即ち我等の最上の報酬である』とのインド統治の直言が文字通りに寸分違ひなく実施されたとしても、他国民の善政を謳歌するよりは、民族自決を求めるのが人情の自然である。現在の英国のインド統治は寛大であり巧妙である。仮りに英国以外の国が英国の立場に置かれたならば、斯く寛大に斯く巧妙で、斯く成功し得るものは世界中何処にも無いと断言しても宜しからう。併し其の英国一流の寛大と巧妙が癪に障るとインド人は言ふのである

 


 1921年、現地で彼らに接触した特派員、谷辰次郎の記事だった。

 

 

Queen Victoria -Golden Jubilee -3a cropped

Wikipediaより、ヴィクトリア女王

 


 おお、異民族統治の至難さよ。


 大英帝国の天才性を以ってすら、斯くまで手懐けきれぬとは。


 何かにつけて極端な自然環境を反映してか、ただでさえ熱狂的であるインド人の性情が、第一次世界大戦を──民族自決主義の原理を注入されるに及んで更に、より一層の爆発力を獲得したようだった。


 帝政ドイツを滅ぼすための金科玉条大義名分の刃は所詮、戦後に於いて連合諸国の身をも裂く、諸刃の剣であったのだ。


 まあ、それはいい。


 今改めて、志士の主張を閲すると──。

 

 

 


 過激なことは過激だが、彼らの言には確かに一面、頷く他ない正当性を含んでもいる。


 誰だってイニシアティブを握りたい。血を、背景を、歴史を同じくもしない相手に己が民族の運命を左右されるということは、どうしたって不快なものだ。


 生理的な嫌悪感すら、そこにはきっと伴おう。


 かの馬場恒吾もとある機会に言っていた、

 


「他人に恵まれる米の飯よりは自分の麦飯が旨いと思ふのが普通の人情である。他人に行って貰ふ善政よりは、自分等が行ふ悪政の方がよいと思ふ。これが或程度の自覚を有する国民の心理状態である

 


 と。

 

 

 


 人とはまったく、なんと手ごわい生き物か。


 その手ごわさは、しかし同時に魅力と背中合わせでもある。


 だからいよいよ厄介なのだ。

 

 

 

 

 


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