「こんな老人が出る幕ぢゃないといふ人もあるかも知れませんが、私は大いに異論がある、例へば料理にも甘味と辛味を旨く調和せぬといゝ料理が出来ぬやうに丁度政治もそれと同じで、老人の辛味と、若い人の甘味とを旨く調和して行くところに本当の政治が成立すると信じてゐます」
第一回普通選挙に出馬を表明するにあたって、本多貞次郎が世に与えたる演説である。
御年、実に七十一歳。
千葉一区からの出馬であった。
(Wikipediaより、本多貞次郎)
彼の背景をざっと述べれば、名うての、希代の、敏腕の、実業家ということになる。
京成電気軌道をはじめ、武州鉄道、北総鉄道、大同電機、葛飾瓦斯等、数多企業の社長として君臨し、東京商工会議所の代表として振る舞った華麗な履歴も持っている。
既に経済方面で赫々たる戦功を収めきった人物であり、そこは本人の口からも、
「実際会社の方だけやって居れば確かに無事には違ひありませんが、本郡の諸君がかうまで、不肖私を慕って下さる以上恩返しとしても是非郡民のために一働きしたいと思って立候補したわけで……」
照れの混じった、こんな言葉が出ているほどだ。
(Wikipediaより、京成電気本社)
冒頭の一文に関しては、陸羯南の思想にも通じる所信ということで、特に私の琴線を揺らしてくれたものである。
明治の昔、羯南は
「近世文明の政道は右手に現実主義を握り、左手に理想主義を執るものなれば、従て貴族主義及び平民主義を調和することを得るに至れり」
と。
両者の意見を対照させて解釈し合うとするならば、若者が「左手」、理想主義の代表で、老人が「右手」、現実主義の化身といった塩梅になるに違いない。
陰陽調和して太極を成す。バランス感覚を重んじる、この種の意見は割かし好きだ。だから取り上げたくなった。

開票の結果、本多貞次郎は見事当選、国政の場へ進んだらしい。
それにつけてもご立派な薬缶頭であることよ──。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓
![]()

