大正時代の日本に、「餅缶」なる奇妙な商品を確認できる。
餅の缶詰、その名の通りな代物だ。
ジャーナリストの加藤朝鳥が大正十年、コレを用いて、遥か南洋、ジャワ島で、日本式の正月料理を楽しんだ。「元旦の朝は缶詰を開いて正月らしいものを卓の上に並べた。餅の缶詰は始めて此処に来て食ったのであったが、丁度信州あたりで出来る凍餅のやうな味がして、鶏肉を入れた雑煮の香は故国を忍ぶことが出来」たということである。

まあ、だから何だよ、その情報が何になるというお話ではあるのだが。
のんべんだらりと書見中、つらつらページを捲る手が、この一節で止められた。抗い難い引力で、視線がそこに吸いつけられてしまったとしか言いようがない。
めしに関する四方山を前回綴った都合上、およそ似たような表記に対し、常よりだいぶ敏感になっているようだ。
食料保存の発達史には幾度か触れて来てもいる。個人的に関心強めな、興味を掻き立てられないことにはいられぬテーマなのだろう。そんな具合に頭の端で、自己を分析してもみる。

ちなみに加藤朝鳥氏、元旦に欠かせぬ佳味として、屠蘇も所望なされたが。生憎どっこい日本酒入手の目処が立たなんだものと見え、やむなく「ベルモットをその代りにしてプロジットをした」そうな。
餅と酒では後者の方が入手は容易そうなのに、なかなかどうして現実とはわからない。
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