大連、鉄嶺、瓦房店、大石橋、遼陽、奉天、昌図、公主嶺、長春、安東縣、鶏冠山、橋頭。
大正四年、日本人の経営に依る南満州鉄道で駅弁を売っていた駅は、なんとたったの十二ヶ所。上に

(あゝ満鉄)
何故そんなことが分かるのか。
単純明解、調べた奴が居たからである。
南満州鉄道の駅弁を片っ端から食べ比べ、ランキングを作ろうと――。妙な情熱に取り憑かれ、現に実行に移してのけた物好きが。
一月三日から二十一日に至るまで。――三週間弱を費やし、彼はその挙を成就した。
駅弁ロマン、あるいは大正時代の孤独のグルメ。「食」に対する日本人の関心は、ときに偏執の鬼相を帯びる。その傾向は、大正時代もう既に。既に確かに存在したと、実感の湧く古記録だ。

(公主嶺停車場)
とまれかくまれ彼の舌を信ずるならば、満鉄十二の駅弁中、最も味
逆に最も味悪く、舌を虐めてくれたのは、昌図駅のめしだった。
思い出深き
[遼陽]
一の箱:コールビーフ三切、焼鳥(寒雀)四羽、さくらんぼ四個
二の箱:玉子焼一、蒲鉾二、ごまめの飴煮若干、奈良漬四切、
鶏肉と筍子と牛蒡と蓮根の甘煮
[昌図]
一の箱:カツレツ一、鰤の煮付一、鰯フライ、輪切蜜柑一、沢庵四切
二の箱:蛸二切、鶏肉と筍子の甘煮、牛佃煮、玉子焼二、蒲鉾四切
この数奇者は後日自分の体験を一篇の食レポに纏めあげ、地元発刊の邦字紙に、『満洲日日新聞』に寄稿するということまでやっている。
精力的と呼ぶ以外、妥当な評価が見当たらぬ。
練られた文章、挑戦自体の面白味。総じて質の高さから、彼の投書はめでたく掲載と相成った。
かかる記事より、遼陽駅と昌図駅の弁当につき、更に詳細な味のレビューを抜き出すと、
「…遼陽駅の甘煮は少々砂糖が利き過ぎてゐたが味は悪い方でなく醤油も可なりなのを使用してゐた、玉子焼は水臭かったが寒雀の焼鳥は非常に美味であった、又コールビーフも軟かく第一の箱の中だけで副食物は十分であった、奈良漬は外の物に比して頗る不味かった、其れに反して昌図駅の一の箱のカツレツは雪駄の皮どころか頗る堅く、フライは塩辛くて到底咽喉には通らない、フライやカツレツが冷たくては食べられるものでない位の事は知ってゐさうなものだ、其れに二の箱の蛸は何だ、何日過ぎたものかプンと臭く、おまけに甘煮は幾日か前に煮たものと見え、下の御飯の暖かさに煮凝が解けて臭い事夥しい、是で金を取るとは大胆不敵である、乱暴である、不親切である」
おおよそこんなところであろう。
末尾の語気が、実に烈しい。
(Wikipediaより、明治の駅弁販売光景)
事と次第によりけりではあるものの。――「食べ物を粗末にすること」を「殺人罪」に比肩する罪深い所業であるとして、憎んで憎んで憎み抜く、大和民族のDNAを感じずにはいられない。そんな荒々しさだった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓
![]()

