君主制なき合衆国にて鉄道王こそ実質的な専制君主、彼らの威光を前にしたらば例え各州知事であろうと即座に米搗きバッタと化して膝を折らずにいられない、圧倒的な優者であったということは、『アメリカン・コモンウェルス』を通してとっくに既知の情報だ。
しかるにこの王者ども、素直にかしずく「下々の者」に対しては、その忠良さに免じてか、随分とまた気前いい、「よき領主様」の役割を演じていたモノらしい。

(ユニオン・パシフィック鉄道所有、ディーゼル動車)
線路沿いの農家に対して彼らが与えた恵沢は、畢竟「膨大」の一語に尽きる。「低利資金の供給、灌漑設備の助成、農業用品の割引輸送等は言ふに及ばず、気象の観測予報、農事の試験指導、時には市場の開設迄尽力して沿道農民の便利の為めに盡したものだ」と、前々回から引き続き、杉山幹が書き綴ってくれている。
鉄道会社と農民は、好ましい共生関係を概ね築けていたわけだ。
ところが世界大戦が、社会の構造を変えてしまった。
根底から揺り動かしたといっていい。鉄道王は君主の地位から滑り落ち、彼らによって長年引き立てられて来た農民たちも巻き添えを喰う格好で、手傷を負わずにいられない。
ありがたいことに、そういう機微に関しても杉山の筆は伸びている。
まさに至れり尽くせりだった。
「今は米国の鉄道会社は自己事業の経営にさへ窮せんとする現状である、戦時中使ひ荒されたる線路や機械の修理にさへ今後五ヶ年間に五億ドルを要せんと云ふのに、運賃値上げは容易に許されず労銀は益々引上げられて行く、…(中略)…斯る事情だから米国の鉄道会社も最早当分は農民の為に従来の如き便宜を計るは困難であらう」
戦後過渡期の混乱として、見逃し得ぬ現象だろう。

(カリフォルニア、ブドウの摘み取り)
混乱といえば、大戦は、百姓自体の意識をも、ぐちゃぐちゃに掻き乱していった。
端的に言うと徴兵されて出征した地方農村の若い衆が、一連の体験を経ることで都市生活の愉しみをすっかり覚え込んじまい、
──今更あんな野暮ったい田舎になんぞ到底帰る気がしない。
と、こぞって郷里を捨てだしたのだ。
捨てて、都会の片隅で、
──いつがビッグになってやる。
と、熱意だけは素晴らしい、しかし

これはおそるべき事態であった。政府は当然、座視する能わず、対策に追われる破目になる。だがしかし、肝心要の有効性は果たしてどうであったろう。三度杉山幹に聞く。
「政府は之等に低利の農業資金と土地とを与へて農業に服せしむとして居るが、彼等は容易に斯る勧奨に応ぜんとはせぬ」──夢追い人は抑止できない、人の夢は堰き止められぬということだ。
アメリカンドリームの本場となれば、尚更だったに違いない。

希望、失望、喜怒哀楽と、極彩色の人の感情こもごもをその回転に捉えつつ、時に応じて跳ね飛ばしながら文明の車輪は駆けてゆく。
杉山の如き雄渾な筆力の持ち主が至近に居合わせたことは、当時はもちろん、後世に生きる我らにとっても幸運だった。
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