馬の背からトラックへ。
動物力から機械力の全面的な活用へ。
第一次世界大戦を機に列強諸国の軍隊は、この転換の必要性を厭というほど思い知り、目的達成の為の努力を死に物狂いで開始した。

(ドイツの軍馬)
輜重部隊も、むろん例外たりえない。
星条旗のお国では一九一八年にニュージャージーの沼沢地を選定し、機械化済みの輸送部隊の演習を派手に執り行っている。
足回りの最悪な土地を態々採ったその
とまれ演習の一部始終を、幸運にも目撃し得た日本人がひとり居た。
東京日日新聞社の特派員、杉山幹その人である。
(Wikipediaより、ニュージャージー州、アッサンピンク・クリーク)
当日の景色の報告を、
「…日本の鉄道貨車にも比すべき軍用大型自動車が重き貨物を満載し一二名宛の輜重兵に運転されて泥濘膝を没する大沼沢地に進んで行く、忽ち先導の一二台は顛覆する、予め此事あるを予想して一隊の中に用意されたる起重機や木材が運ばれて苦もなく引き起こされ、赤十字社看護婦の自動車が駆けつけて負傷者に手当を施し千余台の輜重隊が沼沢を横切り荒野を走って遂に予定の演習を終えた」
彼は斯様に書き綴ってくれている。
「負傷するもの数十人、自動車の大破損八十余台、而も翌日の新聞は之を以て大成功と称するを見た」のだ云々と。
実際問題、この時代の技術水準からいって、死者を出さずに済んだだけでも上出来と言っていいだろう。
報道は何一つ間違っていない。
大日本帝国陸軍の輜重部隊に
想像するといっそ虚しくなってくる。

(江戸東京たてもの園にて撮影)
杉山幹はその後も強く合衆国の自動車事情に注目し、熱視線を当て続け、観たところを基にして、よく気の利いたレポートを
わけてもコレは面白い。
「今から二十四、五年前にはニューヨーク市中に於ても自転車さへ尚贅沢品として取扱はれ、当時ニューヨーク在留日本人等は米人に対する示威運動の為めに辛うじて数十台の自転車を借り集め、市中を乗り廻して大に市人の注意を惹いたと云ふ程である。富家は一般に馬車を用ひ、自動車は恰も今日の飛行機の如く余程物好きの人でなければ乗るものなくニューヨークの中央公園を乗り廻すことすら危険なりと禁止されて居た程だから、今日の如く一般農民に迄も使用さるるに至るべしとは夢想だにもせざる処であった」
(Wikipediaより、セントラルパーク)
アメリカは天福地恵の国。
こういう場所では文明に一度火が着くと、まさしく一瀉千里で進む。
パックス・アメリカーナの前奏として、相応しい景色であったろう。
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