乱獲による海洋生物個体数の減少は、戦前既に問題視され、水産業者一同はこれが対策に大いに悩み、頭脳を酷使したものだ。

物事の基本は「生かさず殺さず」。根こそぎ奪えば、いっときの痛快と引き替えに、次の収穫は期待できない。いわゆる「越えてはならないライン」、境界線を探らねば。――そんな努力の形跡が、文献上に仄見える。
萌芽も萌芽ではあるが。――「持続可能な漁業」の試み、第一歩といっていい。
就中、
(Wikipediaより、コンクリートブロックによる人工漁礁)
事故や戦争で沈んだ船が海底で時を経るうちに、自然と魚族のスウィートホームに化してゆくという現象は、潜水夫やら誰やらにより古くから、多く確認されてきた。
それをこの村の人々は、人為的に再現しようと試みた。老朽船六隻を浜からおよそ一キロ先のポイントにて自沈せしむる。速やかに魚が寄ってくるよう、船内には「米糠九十五俵、魚粕百二俵、空俵千二百俵、粗朶その他」を入れておくという手厚さである。
時あたかも昭和九年の企図だった。
ちなみにアメリカ合衆国では二〇〇六年五月に於いて「空母」を漁礁に宛てるべく、計画を発動させている。メキシコ湾、深度六十五メートルの海底に今もその身を横たえている、「オリスカニー」が即ち
翌々年にはデラウェア州の沖合に、ニューヨーク地下鉄の廃棄車輛六百が投下されたとも聞き及ぶ。これだけドカドカぶち込みまくっている以上、有効性には一定の保証が為されているのに違いない。
しかし、にしても。空母だの列車六百輌だの、やはりアメリカはスケールが違う。

(アラレガコ。北陸地方は九頭竜川にて漁獲される「幻の魚」。「かつて後藤新平伯が福井市を訪ねて、皿に乗っかった魁偉なアラレガコの魚相を眺めるなり『こんな魚が食へるか!』と一喝したが箸を下して美味なのに驚き、つひに皿数を重ねたといふ」――『天然記念物を探る』より。調理法は「軽く焼いた魚を竹めざらを敷いた鍋で番茶とともにコトコト半日がゝりで煮れば形は崩れぬまゝに骨まで軟かく舌にとろける」とのこと。現在は絶滅危惧種に指定)
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