穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

本間雅晴、アフガンを説く ―九十年の時を超え―


 アリストテレスはいみじくも言った。


 未来を見透したいのなら、過去を深く学ぶべし、と。


 政体循環論の如き、悠久の時のスケールで人間世界を貫く哲理を求めんとしたこの男らしい口吻である。


 幸いに、と言っていいのか。


 過去を知るのは大好きだ。


 大日本帝国時代の刊行書籍を、去年はずいぶん紐解けた。


 今年もそのことに鋭意努めてゆきたく思う。


 さしあたり、まずはアフガニスタンだ。

 

 

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(カブールの眺め)

 


 今も昔も、日本とは縁遠い国である。


 昭和二十年以前に於いて、彼の地の事情を広く江湖に伝えんとした物好きが、いったい幾人いただろう? 極めて少数なのは疑いがない。ひょっとすると、片手の指で数えられるほどではないか。


 だが、ゼロではない。


 あちらの政府に招かれて、官公庁の施設設計に携わった近藤正造技師がいる。

 

 そして更にもう一人。


 この正月に、私は本間雅晴を見出した。


 最終階級陸軍中将大東亜戦争開戦と共にフィリピン攻略作戦を指揮し、マッカーサーを敗走させた名将である。

 


ここアフガニスタンは有名な地震国で、時として激震のために一城一村を悉く破滅し去ることすらある。加ふるに沙漠性の流砂はしばしば谷を埋め丘を削るので、桑滄の変が常でない。さうしたわけもあらう、アフガニスタンの建築物は、王城や要塞をはじめ、すべて土積みか干乾煉瓦を積んで、これに簡単な屋根をかけ、木扉を附けるだけのものである。故に「三日にして家を成す」とは事実で、その住民にとって、家はテントと大差がない。(昭和五年『世界地理風俗体系 西アジア篇』210頁)

 

 

Honma Masaharu

Wikipediaより、本間雅晴

 


 アフガニスタンは結構な期間、イギリスの保護国に甘んじていた過去を持つ。


 そして本間雅晴は、陸軍きっての英国通で知られた男。


 観戦武官として英陸軍に配属し、欧州大戦の各地戦場を駈けたことすらその経歴には含まれるのだ。


 ならばちっとも不思議ではない、彼の地に対するこの凄まじい通暁ぶりも。――

 


 アフガン人は概括的にいへば体格がよく、容貌も立派で、皮膚の色は往々白晢人種に似るものがある。性質は粗暴で少年時代から血腥いことに慣れてゐる関係上死を怖れず、随って攻撃力は強いが、一旦頽勢に向ふと持久力がなく、志気俄に沮喪する傾向がある。また裏切り易い点があって容易に信用が置けず、復讐の気分が旺盛で、且つ命を顧みず、残虐なことを敢てする風があり、些細なことで恐るべき罪を犯すことは他国にあまり例を見ない。(201頁)

 


 昨年度、タリバン相手に正規軍が晒した無様。


 敗北に次ぐ敗北、後退に次ぐ後退。


 武器弾薬に軍用車両、ヘリコプターに至るまで、ピカピカのままごっそり置き捨てさえもした、土崩としか言いようのないあの瓦解ぶりを思うとき、如上の記述は九十年の埃を払っていきいきと、我らの脳に躍り込む。

 

 

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1920年代、アフガニスタン正規軍。足下ひとつに着目しても、裸足に木靴にカールしたのに、甚だしく統一を欠く。)

 


 国民性の特徴としてはその先祖や、その戦闘力に対して強い誇りを有して、他人種を軽蔑する点が目立っているが、また頗る親切な一面もあり、客人や旅行者等には部落の客舎を無代で提供したりする。その他ナナワイと称する一種特異な習慣があって、窮鳥懐に入って救助を求めるの時は、それが敵であっても身命財産を賭して庇護するの侠気があるが、その庇護といふのは自分の家限りのもので、足一度屋外に踏み出せば夫子自身第一にかれの頭に刃を加へるやもしれぬ。(201~202頁)

 


 重々しくも事理が明晰でわかりよい、巌の如き風格が、本間の文章には漂っている。


 昭和七年以降、暫くの間、陸軍省の新聞班長を務めたと聞くが、蓋し的を射た人選だろう。

 


 復讐心が盛であるから、身体に傷を受けたり、財産に損害を蒙ったり、また他人から侮辱されたときには必ず復讐しなければ已まぬ。これをバダルと称へ、自分の血族縁者が殺害せられたときは必ず仇を殺す。これをキサースといふ。(202頁)

 

 

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(「死人の籠」。罪人を閉じ込め、餓死せしめ、骨になるまで放置する。)

 


 なんにせよ、新年早々、いい出逢いをした。実に喜ばしきめぐり合わせだ。幸先のよさにおのずから、心中湧き立つものを覚える。

 

 

 

 

 


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