穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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日本南北鳥撃ち小話 ―蝗と鴉の争覇戦―


 山鳥を撃つ。


 すぐさま紙に包んでしまう。


 適当な深さの穴にうずめる。


 その上で火を焚き、蒸し焼きにする。


 頃合いを見計らって取り出して、毛をむしり肉を裂き塩をまぶしてかっ喰らう。


山鳥を味わう最良の法はこれよ」


 薩摩の山野に跳梁する狩人どもの口癖だった。

 

 

Copper pheasant on the ground - 2

Wikipediaより、ヤマドリ)

 


 なんともはや彼のくにびとに相応しい、野趣に富んだ木強ぶりであったろう。


 中学生のころ、図書室に置いてあった『クリムゾンの迷宮』でこれとよく似た調理法を目にしたような気もするが、なにぶん遠い昔のはなし、うろおぼえもいいとこで、ちょっと確信を抱けない。


 当時は未だ、気に入った箇所、忘れたくない知識等をメモに抜き書く癖もなかった。


 今にして思うと、随分もったいないことをしたような気もする。

 

 

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(「歩く野菜ニワトリ」をさばく薩人)

 

 

 鳥撃ちに関しては、こんな話もストックしてある。鹿児島から大きく離れて、日本列島のほぼ対極、北海道帝国大学敷地内にて展開された情景だ。


 ここの教授に栃内吉彦なる人がいて、小麦に関する研究を深くしていた。


 札幌農学校を前身にもつ同校だ、設備は整っていただろう。試験圃場の一角を用いて「貴重な研究材料の小麦種間雑種」の育成に取り組む。


 倦まず弛まぬ世話の甲斐あり、漸く穂が熟しはじめた。


 ところがそれを見計らっていたかのように、たちまち空の彼方から、厄介者が殺到して来る。


 そう、である。


 幾たび棒で追っ払ってもまるで懲りた気配なく、シャアシャアと文字通り舞い戻っては大事な研究材料をむさぼり喰らうこのいきものに、栃内教授はよほど業を煮やしたらしい。「大いに腹を立て、友人から七ミリ銃を借りて来て、大々的に雀退治を行った」とのことだった。(昭和二十一年『随筆北海道』95頁)

 

 

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(北大農学部付農場)

 


 たちまち数十が大地に落ちた。


 そこは栃内先生、根っからの研究者気質である。せっかくの獲物、無駄にはしない。ちゃんと研究室に持ち込んで、焼き鳥にして喰らうと共に――割と舌に快かった――、そのハラワタは解剖に具し、知見を引き出すことにした。

 


…フォルマリン漬にした数十の胃袋を一つ一つ開いて、その内容を検した結果にすっかり驚かされてしまった。要するに雀の胃袋の内容の大部分は蟲類であって、穀類はほんの僅かに過ぎず、問題の小麦に至っては、寥々として稀に見出されるに止った。そこで今まで漫然と、雀は穀類の害鳥であると考へてゐたのは大きな誤りで、農業の大局から見れば明かに益虫であることを実験的に知ったのである。

 


「赤い皇帝」毛沢東も、本書を一読していたならば、例の大躍進政策で雀狩りをしまくって、結果途方もない虫害を招き、数千万の国民をみすみす餓死に追い込むという、空前の愚行を犯さずにも済んだだろうに。

 

 

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(北海道、収穫の秋)

 


 栃内教授の話は更に、カラスをさえ対象として広がってゆく。

 


 烏の如きに至っては、権兵衛の蒔いた種をほぢくるのみならず、姿形や鳴ごゑから、することなすこと一々の仕ぐさに至るまで、実に愛らしげがなくて癪にさはる悪鳥だが、それでも嘗て札幌附近に飛蝗の大発生があって、農作物に恐る可き被害を見た際に、どこからともなく集って来た烏の大群が、あの貪慾さうな大きな嘴で、夥しい蝗を捕食するのを目撃し、この悪鳥もたまにはいゝことをしてくれるわい、と思ったといふことである。(中略)飛蝗となると、柄が大きく丈夫に出来てゐるから、燕や雀や四十雀のやうな、かぼそい小鳥の嘴では処置なく、烏くらゐな獰猛な奴でないと、退治の能率は上がるまい。(95~96頁)

 


 アバドを喰らうレイヴンの群れ――まるでアーマードコアの謳い文句だ。さもなきゃ女神転生か。


 皆殺しルートのあるゲームは、それだけでもう名作認定したくなる。ああ、ソウルクレイドルは素晴らしかった。主人公という脅威を前に一丸となった世界を更に、真っ向微塵と打ち砕く。あれこそ自由だ、無限の自由の醍醐味だ。


 ああいうゲームが、もっと巷に溢れぬものか。

 

 

 

 

 

 

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