窓近き竹のそよぎも音絶えて
月影うすき雪のあけぼの
月影うすき雪のあけぼの
この歌の詠み手の名を知るや、私が受けた衝撃は、ほとんど玄翁でこめかみを強打されたのと大差ない。
山縣有朋なのである。
それも十三歳のころ、辰之助の幼名時代の作というからいよいよ驚く。
あの沈毅な面貌、怜悧そのものといった骨柄のどこに、斯くも繊細な詩心を秘めていたのだろうか。
まだある。
黒けむり立てゝ戦ふ筒の音の
響にも又散る紅葉かな
響にも又散る紅葉かな
第二次幕長戦争のさなかにあって詠んだもの。
当時の山縣、既に奇兵隊を掌握している。海上の高杉と協力し、各地で幕軍を打ち破り、輝かしい戦功を立てた。
にしても、砲煙弾雨に晒されながら山水風雅を愛でるというのは、なかなか尋常なものでない。そこは流石に武士の子で、よく胆が練れていたようだ。
伊予の島安芸のいそやまとりどりに
追手の風の面白きかな
追手の風の面白きかな
幕長戦争の停戦後、山縣は情勢探索の命を受け、密かに上洛、相国寺の薩摩藩邸を拠点とし、諜報活動に勤しんでいる。
これはその任務の初め、船中にて詠んだもの。情勢は変わりつつあるといえども、京都は未だ、長人にとって超危険地帯のままである。まかり間違って新選組に嗅ぎ付けられれば、山縣の首はたちどころに胴体から落ちるであろう。
やすらへと木のめくむ子の言の葉も
都はことになつかしきかな
都はことになつかしきかな
さしくだす淀の川瀬の涼しさと
月にとまでは思はざりけり
死を間近に置く緊張が、却って感受性を高めたか。この潜入任務の期間中、山縣はいくつもの優れた句を詠んでいる。
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