穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

映画浄化十字軍 ―ヘイズ・コード成立奇譚―

 

 自由の国とは言い条、アメリでは時として、とんでもなく馬鹿げた規制が罷り通るものらしい。


 悪名高き禁酒法のあの時代、大激動に見舞われたのは独り酒精関連でなく、映画業界も同様だった。「映画浄化十字軍」なる大仰な名前の運動が、ローマ・カトリックマクニコラス大司教を中心として燃え上がり、新大陸の思想界を席巻する勢を示したのである。

 

 

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 この団体は、ある種の反動勢力として生起した。


 1930年ごろのアメリカ映画、その流行り廃りの変遷を、キネマ旬報の名物記者たる内田岐三雄きみおは次のように解剖している。

 


 今から数年前はアメリカではギャング映画が全盛であった。だが、そのギャング映画も、その度を過した煽情主義が社会に悪影響を及ぼす事に漸くにして気がついた当局によって禁圧せらるるに至ってからは、ハタと進路を阻まれて、製作者側はそこで金儲けの道を一時見失った。然し、製作者側は直ちにまた新らしい金儲けを考へついた。それはギャング物の変型である暴露映画、恐怖映画であり、又、音楽映画とそれから不道徳映画であった。もっとも前二者の生命は余り長くないものではあったが、後の二者はずっと最近まで両々相融通し合ひながら続いて来てゐた。(昭和十年、『今日及び明日の話題』92頁)

 


 総じて血を熱くさせ、人を興奮に導く代物ばかりといっていい。


 世界恐慌の不安が重くのしかかる時節柄、積もり積もった鬱憤を一時に晴らす刺激性が求められもしたのだろう。期待に応えるかのように、製作者側もどんどん過激さに拍車をかけた。再び内田の筆を借りると、

 


 例へば、彼等は喜劇的の場面を添へるにしても、従前なら単なる喜劇味であったのを近頃は猥雑な意味を持った喜劇場面を入れる様にしたし、また恋の三角関係といふ様なのも、近頃はそれを姦通事件にする、といふ様な有様であった。(93頁)

 

 

 こんな具合に。

 

 

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 人間社会には、どうやら物理法則が適応される場合がままある。作用には必ず反作用が付き纏う。それを軽減させる工夫もなしに、目先の利益を追いかけてひたすらエスカレートした場合、極端から極端に吹っ飛ぶこととて珍しくはない。


 映画浄化十字軍は、まさにその典型だった。建国以来、アメリカ社会に隠然たる影響力を担保しているキリスト教の信者たち。マクニコラス大司教の獅子吼に対し、この勢力は実に敏感に反応した。


 彼らは青少年の精神を、家庭の平和を、ひいては国家の安寧を守護するという非の打ち所のない目的のもと「不道徳映画を観ない」ことを宣誓し、友人、同僚、隣人たちへ、併せてこの戦いに加盟するよう懇々と説いて廻ったのである。


 一見するとごくありふれた「草の根活動」の印象しか湧いてこないこの行いは、しかしながらたちどころにアメリカ全土で大反響を呼び込んだからたまらない。


 我が国の仏教に比して、アメリカに於けるキリスト教の、なんという力強さであることか。人々は教会から「不道徳」と定義された作品を観なくなったし、それが上映されている映画館に行くことすらやめてしまった。

 

 

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 因みに、カトリックのロードといふ僧正は、昭和九年の前四ヶ月間に133本の映画を見て信徒一同にその報告を廻してゐるが、それによれば、その内、107本は不道徳映画である、(中略)法律的に許容されぬ恋愛のもの26本、誘惑の成功するもの13本、姦淫の生活をしてゐる人物の登場するもの18本、殺人の行はれるもの31本、ギャングスターもの17本、以上で、これらは総て子女の観覧に適せぬもの、といふ事になってゐる。(115頁)

 


 まこと、狭き門と言わねばならない。恋愛だの姦淫だのはまだしも、殺人まで禁止されるとはいったいどういうことであろうか。


 僅かに残った26本の内容が、逆に興味深くなってくる。一連の要素を排除してなお、面白い映画が果たして撮れるものであろうか? どう考えても出がらしの茶より無味乾燥な、毒にも薬にもならない退屈な作品にしかならなそうだが。

 


 案に違わず、休館したり、閉館に追い込まれる業者というのが続出した。

 


 こうなってくると製作元でも対策を講じざるを得なくなる。やがて出来上がったのが、ヘイズ・コードと呼ばれる一連の映画製作倫理規定


 出産シーンや同衾は御法度、キスシーンは三秒限り、密輸や薬物使用の描写なんぞは以ての外だ――そんな清教徒的厳粛精神を盛り込みまくったヘイズ・コードは、おそるべきことに1960年代後半まで寿命を保ちアメリカ映画を縛り続けた。

 

 

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 内田岐三雄が生きていれば、その慧眼を光らせて、さぞ面白い批評文を書いてくれたことだろう。が、なんとも残念至極なことに、この人は1945年、戦争末期の空襲に遭い地上から消滅してしまっていた。


 享年、44歳。


 彼が筆を揮った『キネマ旬報』は今日でもなお刊行が続き、映画情報の提供に勤しんでいる。

 

 

日本映画史110年 (集英社新書)

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