インド人は宝石に対して並々ならぬ関心を示す。
それは
東恩納寛惇がインド亜大陸を歩き廻って分析したところによると、インド人は一般に、現金や有価証券に対してほとんど信用を置かないという。
だからまとまった金が出来ればすぐさま宝石に取り替えて、これを身につけ、必要に応じて放出する。そういう精神上の習慣がある。インド人宝石商の活躍は現代に於いてもめざましく、ときに「宝石天国」などの称号さえ冠せられるほどであるが、それもこうした背景あってのことであろうか。
それゆえに日本の真珠業者にとっても彼らはよい取引相手で、『泰 ビルマ 印度』には、御木本真珠ボンベイ支店が大勢の顧客相手に鳥羽湾の養殖場の活動写真を上映する場面が描かれている。
(Wikipediaより、鳥羽湾)
――ところで、この真珠について。
私はひとつ、面白い話を知っている。模造真珠――それも近代式のプラスチックや樹脂製ではない、タチウオの銀粉から造られる、古式ゆかしい模造真珠の製法だ。
タチウオとは、むろんあの白身魚のタチウオのこと。サバの近縁種だけあってあってアブラが凄く、塩焼きにするとすこぶる美味い。
(Wikipediaより、売られているタチウオ)
しかしながら模造真珠の材料としては、アブラが乗りきる前の小さく幼いやつが良い。こいつの表皮を覆っている銀色の膜――学術的にはグアニン箔と言うらしい――が、上質なフェイクパールの材料となる。
芯の素材にもこだわるべきだ。ガラスより、どぶ貝で作った珠がいい。この珠の表面に、上記のタチウオの銀粉を塗りつけてゆくわけである。
もっとも、そのまま素直に銀粉を押し付けたところで意味はない。何らかの溶媒に
要点はここ、溶媒に何を用いるかだ。
使用する薬品次第で、出来あがるフェイクパールの品質は著しく上下する。よってその選定には誰も彼もが智慧を凝らしたものであり、さながら大昔の刀鍛冶に倣うが如く、「秘伝」として容易に外部に漏らさなかった。
そのために、失伝した製法も多かろう。
ただ、ある職人のところでは、酢酸アミールを使用していた。
(Wikipediaより、酢酸アミールの3Dモデル)
バナナやリンゴに似た匂いを持ち、実際にフルーツ系の食品香料として用いられるこの化合物。第二石油類に該当するこの薬品にセルロイドを溶かすと、いい具合にドロドロした液体になる。
俗にセルロイドニスとも呼称されるこの中に、更にタチウオの銀粉を一定量投下して、漸く準備は完了だ。銀色に輝くこのドロドロを、どぶ貝製の
均一に丸みを帯びたその物体を、後は火にあて乾かせば、バナナの香りは揮発して、セルロイドとグアニンとが残り固まるという仕組み。この
深みのある光沢は、ガラス製の大量生産品――あくまで「当時の」、という但し書きは附属するが――とは一線を画し、本物の真珠と並べてみても判別に戸惑うほどであったという。
それにしても、言っちゃあ悪いが模造品ひとつ造るのに、よくまあこんな七面倒な工程を編んでのけたものである。凝ると決めたらどこまでも凝る、職人気質が躍如としていて味わい深い。
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