穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

日本国の物流史 ―華やかな海、ふるわない陸―

 

 日本国は海洋国家と俗に言われる。


 間違いではない。なにしろこの大八洲の地形ときたら、山を越えればまた山が出現あらわれるといったような塩梅で、それがどこどこまでも続くのである。


 ――平野など、どこにあるか。


 古代人にとって、この叫びはより痛切だったことだろう。


 このような国土に置かれた民が、それでも移動・交通の利便を図ろうと欲したならば、勢い水上に活路を見出す以外ない。


 このあたりの消息を小笠原長生『鐵桜漫談』中に於いて、

 


 三十三反、帆を巻きあげて
   蝦夷地離れりゃ、佐渡ヶ島
 何といふ晴ればれした情詩だらう。斯うした短い俗謡をも翫味し来ると、そこに海国民の面目が躍如としてゐるでは無いか。現今のやうに飛行機や自動車が活動する時代ならいざ知らず、駕籠か馬脊で、一日に精々十五六里の旅行しか出来なかった昔時にあって、蝦夷から佐渡まで一跨ぎとの観念を起こさせたのは、全く海路の賜物で、同時に又養成せらるるのは、雄大と優美の精神である。(46頁)

 


 このように詩的感興をたっぷり籠めて書いている。

 

 

Naganari Ogasawara 01

 (Wikipediaより、小笠原長生)

 


『デスストランディングをプレイしてからというもの、私の中で「物を運ぶ」という行為に対する興味がいや増し、どれ、ひとつ日本の物流史について書いてみたいと念願して来たのだが、調べれば調べるほど分かったことは、この国ではサム・ポーター・ブリッジズの如き陸運業の発達はよほど後年、少なくとも江戸時代に入らなければその萌芽すら見えてこないということだった。


 反面、水運は早い。


 それこそ上古の昔にまで遡り、日本書紀応神記中にはもう既に、「科伊豆國、令造船、長十丈。船既成之、試浮于海、便輕泛疾行如駈、故名其船曰枯野」――伊豆の国に命じて長さ十丈の船を建造させた。さっそく海に浮かべて試してみると、まるで駈けるが如く軽々と進む。よってその船を「枯野」と名付けたと、こんな記事が発見できる。


 尺貫法は時代どころか地域に於いても基準とする長さが変動するため一概には言い切れないが、それでも十丈といえば30メートル前後には達していたろう。古墳時代にこれだけの船を造り上げるということは、海に対する興味がよほど強かったと見ねばなるまい。


 しかもこの興味はひとり応神天皇のみを源泉としたものでなく、彼から五代以前の崇神天皇の記録に於いても「諸国に詔して船舶を造らしむ」の一文があり、世代を超えて大和朝廷に受け継がれてきた方針であることが窺える。

 

 

Konda Gobyoyama Kofun, haisho-2

 (Wikipediaより、応神天皇陵)

 


 伊豆の造船に関しては万葉集を捲ってみても、

 

 

防人の 堀江漕ぎ出る 伊豆手船
楫取る間なく 恋は繁けむ

 


 とか、

 

 

堀江漕ぐ 伊豆手の舟の 楫つくめ 
音しば立ちぬ 水脈早みかも

 


 とかいったように歌言葉として使われているのを発見可能で、その後長らく栄え、かつ広範に用いられた形跡が見て取れるだろう。


 この民族がやがて遥か南海にまで漕ぎ出して、倭寇と呼ばれ大いに恐れられたのも、蓋し必然と言わねばなるまい。


 その後鎖国によって外海への経路が閉ざされようと、内国航路は相も変わらず盛んなもので、いやむしろより一層の繁華を示し、江戸・隅田川の河口、及び大阪・安治川の河口は常に菱垣・・といった運送廻船でいっぱいになり、ほとんど海波を見ることが出来ず、ずらりと並んだ帆檣がまるで林のようだったと伝わっている。

 

 

Osaka Maritime Museum Naniwamaru

 (Wikipediaより、復元された菱垣廻船「浪華丸」)

 


 なんなら波多野承五郎をその証言者にしてもいい。

 


 東京には江戸以来、前蔵制度と言ふのがある。問屋の店は、店の前の河岸づきの所に蔵があって、之に商品を入れて置く。得意が来れば直ちに此前蔵に案内して商品を点検せしめ、而して商談を試みる。此前蔵の裏手には川があって、桟橋がある。此処から船積の荷物の揚げ降しをする、表口には荷馬車が居て荷物の出し入れをする、幾人かの小揚こあげ人足が働いて居る、極めて景気が宜い。(中略)堀留は勿論、小網町、小舟町、伊勢町河岸、材木町河岸といったやうな東京の問屋が櫛比して居る町には、此前蔵がある。猶、言ひ換へれば此前蔵を持ち得る場所でなければ、盛なる問屋はあり能はぬと言ふ事だ。(『古渓随筆』197~198頁)

 


 江戸の消費生活が如何に水運によって支えられていたかよくわかるだろう。


 米、麦、酒、糸、木綿、綿布、鰹節、油、紙、薬、――悉く船によって運ばれている。


 我が故郷山梨のような海を持たない内陸国さえ、河川を利用した輸送によって何千・何万本もの材木を江戸へ出荷し、たびたび巨利を博しているのだ。

 

 

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隅田川名所図巻)

 


 斯くの如き水運業の華やかさに比べて、陸運業はふるわなかった。


 なにしろついこの間まで群雄割拠の戦国時代。諸国は四囲の守りを厳とするべく、多過ぎる道路をぶち壊したり河岸を敢えて断崖に留め、橋を架けることすら禁じるなどの手段によって、ただでさえ通行困難な天嶮をいよいよ以って険阻ならしめたものだから、その傷痕は容易なことでは癒されない。


 東海道の主要幹線でさえ満足に舗装されているとは言い難く、荷馬車を飛ばして一気に大量の貨物を運ぼうなどとは夢物語に属する虚仮こけで、僅かに宿駅から宿駅までの短い間を、そのあたりの農家が本業の片手間、自前の馬や荷車を使って運ぶというのが江戸時代初期の実景であった。


 これに多少の改善が施されるには、町飛脚の発達を待たねばならない。

 

 

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