【吾日三省吾身】
詳しくは「曾子曰、吾日三省吾身、 為人謀而忠乎、 与朋友交言而不信乎、 伝不習乎」。
孔子の高弟に曾子という人物が居た。
(曾子)
彼は日に三度、欠かさず我が身を振り返ったという。即ち、
一、人の為に真剣に物事を考えてあげられただろうか。
二、朋友に対して誠意をもって付き合えたろうか。
三、なまっかじりの知識を弟子に教えなかったろうか。
の三点についてだ。
書店「三省堂」の名の由来にもなった、かなり有名な一節である。
それゆえか、『日本魂による論語解釈』で紐付けされている歌群も、高名な人の作品が多い。
朝な夕な 三度己を 省みて
身のたしなみを おこたるな人
(荒谷翠嶺)
【巧言令色矣鮮仁】
こうげんれいしょくすくないかなじん。
口先ばかり巧くして顔面いっぱいに愛想を浮かべ、やたらと媚びへつらって来るような輩は、その実「仁」から最も遠いところにいるものだ。
「仁」についての詳述は、後に譲ってここでは触れないことにする。
人をよく 言ふは利益の 手前なり
(柳樽)
(柳樽)
あの聲で とかげ食ふか
(其角)
世の中は 狸狐の ばけ比べ
(川柳)
世の中は 一重の皮に 迷ふなり
ひんめくり見よ 美女も醜女も
(詠み人知らず)
素麺冷食、涼しいかな縁
(詠み人知らず)
なんのことはない、駄洒落である。
孔子様のありがたいお言葉も茶にしてのける江戸っ子の意気、決して不快なものではない。
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